第31話「ルキナの眠る場所、そして永遠の畑」
それは、また春が訪れたばかりのある日のことだった。
畑は今年も変わらず花で溢れ、遠くの丘まで色とりどりの絨毯を敷き詰めていた。
家の縁側に座るルキナの肩は少し痩せ、赤い瞳もほんの少し霞んで見えたけれど、微笑むその顔は何も変わらず俺の一番好きな顔だった。
「……今日は、いい日だな」
「はい。とてもいい日です」
ルキナはゆっくりと息を吸い、畑を見渡した。
「この畑、初めてお前が鍬を入れたときより、ずっと優しい匂いがする」
「はい。ルキナ様がずっと隣で笑ってくれたからです」
「……ばか」
そう言いながらも、ルキナの目尻には小さな涙が光っていた。
やがてルキナは、そっと俺の手を握った。
その手は昔より少し冷たくて、少し細かった。
「……リク」
「はい?」
「約束だぞ。私がいなくなっても、この畑を枯らすな」
「……はい」
胸の奥が痛くて、言葉が詰まりそうになる。
「いつか……お前が土に還る時は、隣に花を植えてくれ。そうすれば私はまた、その花の中でお前と並んでいられる」
「……絶対にそうします。だから、またここで一緒に暮らしましょう」
ルキナは微笑んで、小さく頷いた。
「……ありがとう」
その声は少しだけ震えて、それでも優しかった。
それからルキナは、静かに目を閉じた。
寄り添っていた体が、ほんの少しだけ重くなる。
「……ルキナ様?」
返事はなかった。
小さな寝息も、やがて聞こえなくなった。
でも、その顔はどこまでも穏やかで――まるで少し長い昼寝に落ちただけのようだった。
胸にそっと額を押し当て、俺は鍬を握ったまま静かに泣いた。
それからの日々。
俺はルキナをこの畑の真ん中、一番花が美しい場所に眠らせた。
アレンが黙って畝を整え、ハルゥはそっとその墓標の傍で眠った。
「……母上、きっとここで見てますよね」
「ああ。絶対に」
ハルゥが小さく「きゅ……」と鳴き、墓標の足元に体を丸めた。
風が吹き、小さな花がルキナの眠る土の上をそっと撫でた。
まるで、ルキナ自身がそこにいて俺の頬を撫でてくれたようだった。
夕方。
鍬を杖にして畝を歩く俺の後ろで、アレンが黙って鍬を振るっていた。
「父上」
「ん?」
「……これからもずっと、この畑を耕します」
俺は小さく頷いた。
「そうしてくれ。ここは俺たちの家だからな」
「はい。母上が見守ってくれるこの畑を……俺がずっと守ります」
夜。
縁側に座って空を見上げると、星が花のように輝いていた。
ハルゥは俺の足元で静かに眠り、夢の中でまたルキナの隣を走っているのだろう。
(……俺もいつか)
その時はこの畑の隣に眠ろう。
そしてまたルキナと肩を並べて、花の匂いを嗅ぎながら笑おう。
鍬を握った手に力が入る。
(まだだ。もう少し……もう少しだけ耕そう)
この畑がもっと広がって、もっと未来へ続くように。
ルキナが眠るこの土を、もっと優しくもっと豊かにするために。
夜風が吹いて、畑の花々が一斉に揺れた。
その中に、確かにルキナの声が混じって聞こえた気がした。
「……ずっと一緒だよ」
「……はい。ずっと一緒です」
俺は涙を拭い、鍬を肩にかけて再び畝の中へ歩き出した。
ここは俺たちの家族の畑。
そして、永遠に咲き続ける――俺とルキナの未来だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます