第33話「次の畝を耕す誓い」
それからまた、いくつもの春が巡った。
畑はさらに広がり、丘の向こうにも、そのまた向こうにも花と作物が根を張った。
村々の間には畑を耕す魔族たちが増え、子供たちは剣ではなく鍬を振るうことを誇りにした。
もう瘴気に苦しむ声も、剣のぶつかる音も、この土地にはなかった。
「ティルー! こっち手伝ってー!」
畑の中ほどからシエラの声が響く。
彼女の隣にはさらに小さな子供たち――ティルとシエラの子、つまりあの畑を作ったリクとルキナの曾孫たちが、楽しそうに土を掘り返していた。
「こら、あんまり夢中になって泥だらけになるなよ!」
そう言いながらも、ティルは顔をほころばせて笑った。
「パパー! 見て! こんなに大きな葉っぱ!」
「よし、それはお母さんに渡してきなさい」
小さな手がはしゃいで葉を抱え、また畝の間を駆けていく。
ティルは空を見上げ、少し目を細めた。
(……父上、母上)
もう声に出さなくても、心の中で呼びかければ、いつだってそっと返事をしてくれる気がした。
(俺たちはこうして次の畝を耕しています。これからもずっと)
夕方。
家の縁側で家族が並んで座り、畑を見渡していた。
風に乗って花の香りが流れ、赤や白、紫の花びらが小さく舞う。
「……なぁティル」
シエラがぽつりと話しかけた。
「私たち、もっと畑を広げたいな。丘の向こう、まだまだ空いてるし」
「そうだな。もっと花を咲かせよう。子供たちがもっと走れる場所を作るんだ」
「ふふ、楽しみ」
小さく笑うシエラの肩に、ティルはそっと手を置いた。
夜。
子供たちを寝かしつけた後、二人で畑の中央まで歩いていく。
そこには変わらず、リクとルキナの眠る白い碑があった。
周りにはこれまでで一番多くの花が咲き乱れ、夜の月光を受けてわずかに輝いている。
「……父上、母上」
「おじいちゃん、おばあちゃん」
二人は並んで手を合わせ、そっと目を閉じた。
「私たちはまだまだ耕します。この畑を……ずっと枯らさない。もっと花を咲かせて、もっと家族を増やして……」
シエラが小さく涙を浮かべ、それをティルがそっと拭った。
「約束するよ。俺たちはずっと鍬を持つ。剣も鎧も要らないこの場所で、未来を耕し続ける」
その言葉に、夜風が優しく畑を渡り、小さな花びらが二人の間をふわりと舞った。
(……ずっと一緒だよ)
確かに、そんな声が聞こえた気がした。
ティルとシエラはそっと顔を見合わせ、微笑んだ。
月光の下、二人は静かに白い碑に手を重ねた。
「……また明日も、鍬を握りますね」
「うん。また新しい畝を作ろう」
その誓いは、ここからさらに未来へと続く。
この畑がある限り――
この土が未来を育てる限り――
リクとルキナの想いは、永遠にこの地に咲き続ける。
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