第23話「家を建てる日、畑の真ん中で」

雨は翌日には上がり、畑はしっとりと潤っていた。


土を踏むと、ふかふかと柔らかく沈み込む。

これまでの乾いた瘴気の土とはまるで別物だった。


「リク」


「はい?」


ルキナが小さな巻物を差し出してきた。


「これ……何です?」


「家の設計図だ」


「えっ……!」


思わず声が裏返った。


ルキナは少しだけ照れくさそうに頬をかいて、小さく続ける。


「魔王陛下から許可が下りた。お前の畑の真ん中に、好きなだけ建てろ、と」


「……魔王様が?」


「お前の畑はもう魔界に必要なものだからな。……それに、お前が魔界に根を張ってくれるなら、これ以上の強い約束はない」


その言葉に胸が熱くなる。


(本当に……ここが俺の家になるんだ)


「どんな家にしたい?」


畑の真ん中で、ルキナと二人、巻物を広げてしゃがみ込んだ。


「そうですね……大きな家じゃなくていいです。畑を見渡せる場所に、小さな縁側がほしい」


「縁側?」


「日本の家にはあって……座ってのんびり外を眺める場所です」


「ふふ……それはいいな」


ルキナは小さく笑い、そこに指で印をつけた。


「それから……」


「はい?」


「花壇をたくさん作りたい。私が摘んできた花を並べる」


「いいですね。じゃあその花壇の周りには……ハルゥが掘り返さないように低い柵を作って」


「きゅいっ!」


横で聞いていたハルゥが、不満そうに鳴いた。


「でもお前、せっかくの花をよくひっくり返すだろ?」


「きゅい……」


しゅんとしたハルゥを見て、ルキナがくすっと笑う。


「それも可愛いじゃないか」


「確かに……」


夕方。


魔族たちが次々にやって来て、家の資材を運んできてくれた。


「人間の家ってやつを作るのは初めてだな」


「おう、しっかりやれよ! リクとルキナ様の家だからな!」


ハーピーたちは空から資材を吊って運び、オーガは丸太を担いで畑の間を歩いていく。


「……みんな、ありがとうございます!」


そう言うと、誰もが照れくさそうに頭をかいて笑った。


「当たり前だろ。お前の畑で、俺たちどれだけ腹を満たしてると思ってる!」


「お前の畑があるから、余計な争いが減ったんだ」


「……剣を振らずに腹が満たされるってのは、いいもんだな」


その言葉に、思わず胸がじんとした。


家はあっという間に形になった。


小さな縁側。

ルキナが選んだ花壇。

ハルゥが寝そべるための少し広めの軒下。


畑を見渡すと、まるでそこだけが別の世界のようだった。


「……本当に、建っちゃいましたね」


縁側に腰を下ろして言うと、ルキナは小さく笑った。


「お前の夢だったんだろ?」


「はい。でも……ルキナ様の夢でもあります」


「……そうだな」


ルキナはそっと手を伸ばし、俺の指に自分の指を絡めてきた。


「剣を置いたら、毎日ここでお前と土に触れて、野菜を育てて……花を摘んで……」


「それから?」


「それから……お前の隣で眠る。ずっと、な」


少し照れたように言うルキナの横顔が、涙が出そうなほど綺麗だった。


「……はい。ずっと一緒です」


ハルゥが「きゅいっ」と鳴き、二人の足元で丸くなる。


その背中にそっと手を置くと、ハルゥは満足そうに尻尾を振った。


夕暮れ。


畑の花は風に揺れ、小さく香りを立てていた。


ルキナが俺の肩に頭を預け、そっと囁く。


「……ここが、私の居場所だな」


「はい。俺の、居場所です」


その言葉にルキナは小さく笑い、そっと俺に口づけた。


いつか剣を置くその日まで――

何度でもこの鍬を振って、畑を耕し続ける。


この畑と家が、俺たちの未来の全てだから。


そして、魔界の夜空にまた星が増えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る