第15話「新たな種を携え、魔王の前へ」

嵐が過ぎた畑で、俺は改めて鍬を構えた。


何本もの苗が枯れ、所々土も抉られていた。

でも、そこには確かにまだ緑が残っている。

何より――ここには、ルキナと俺が一緒に撒いた新しい命がある。


「よし……やるぞ」


鍬を振るい、少しでも荒れた土を起こし直す。

ハルゥが小さな足で土を掻き、ちょこんと首を傾げて俺を見上げた。


「手伝ってくれるのか?」


「きゅいっ!」


ハルゥは誇らしげに尻尾を振った。


その日、ルキナは魔王ゼルヴァの居る玉座へ俺を連れていった。


いつもより小さく緊張した。

玉座の奥に座るゼルヴァは、相変わらず紅い瞳を静かに光らせ、俺たちを見つめる。


「……瘴気の嵐は想定以上に強かったと聞いている」


その低い声に、少しだけ背筋が凍る。


「はい……でも、畑は――」


「潰れはしなかったのだろう?」


「……はい。何本かは枯れましたが……それでも、まだ生きてるんです。魔界にちゃんと根を張ってくれています」


ゼルヴァはしばし黙り込み、鋭い視線で俺をじっと見た。


その沈黙が怖くて、思わず手の中の種袋をぎゅっと握りしめる。


するとゼルヴァはほんの少しだけ、口元を緩めた。


「……ならば、続けろ」


「……え?」


「お前の畑を守ることは、魔族の誇りを守ることと同義だ。瘴気に蝕まれ、殺し合い続けるだけだった我らに、お前は“平和の味”を教えた」


ゼルヴァは立ち上がり、玉座の階段を降りて俺の前まで歩み寄る。


「それを……余は手放すつもりはない」


至近距離で紅い瞳が俺を射抜く。

その視線には魔王としての覇気だけじゃない、何か別の強い思いがあった。


「……リク・タカナシ。お前に魔界農政の全権を委ねよう」


「え……っ?」


玉座の間がざわめく。

ルキナが少しだけ目を見開き、すぐに誇らしげに頷いた。


「全権……って、俺が……?」


「そうだ。お前は鍬一つで魔界を変える。なら余はお前に全てを託す。必要な兵も資材も土地も、好きに使え」


頭が真っ白になった。


「……魔王様……」


思わず言葉が詰まった。


(俺が……魔界全土の農地を……?)


でも、それ以上に胸に込み上げてきたのは――喜びだった。


(これで、もっと畑を広げられる。もっと魔界を緑に……!)


「……はい!」


ぐっと拳を握りしめて頷いた。


「ありがとうございます! 俺、絶対に魔界を緑にします。もっと畑を作って、ルキナ様やみんなと――いつか剣を置いて暮らせる場所にします!」


ゼルヴァは少し目を細め、そして低く笑った。


「面白い人間だ……ならば魔王として、その夢を見届けるとしよう」


玉座の間を出た後、ルキナは俺の手をぎゅっと強く握った。


「……お前、本当に魔界全土を耕すつもりか?」


「はい」


「馬鹿だな……」


そう言いながら、ルキナの声は少しだけ震えていた。


「でも……馬鹿なお前が、私は好きだ」


顔が一気に熱くなる。


「……ルキナ様」


「私も、鍬を持つ。お前が夢を追うなら、私も一緒に追う。魔王陛下に剣を置けと言われるその日まで、ずっと……」


「……ありがとうございます」


ハルゥが「きゅいっ!」と鳴き、二人の足元でくるくる回った。


俺はルキナの手を強く握り返し、まっすぐに見つめる。


「一緒に、魔界を緑でいっぱいにしましょう」


「……ああ」


小さな声で、でも確かにルキナはそう答えた。


宿舎に戻り、畑の端に立つと、赤黒い空の下で小さな双葉が風に揺れていた。


それはまだ弱々しくて、ちょっとした風で折れてしまいそうだ。


でも、その葉は確かに光を探し、上へ上へと伸びようとしていた。


「……俺もお前と一緒だよ。何度でも立ち上がる」


ハルゥが寄り添い、ルキナがその肩をそっと預けてくる。


俺たちの畑は、まだまだこれからだ。


いつか魔界に本当の春を――

剣も鎧もいらない世界を作るために。

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