第4章 8.

   8.

 ボールベアリングが宙を飛ぶ。

本来であれば登山用ピッケルに過ぎないそれは何度か回収を重ねられ、今や外見だけ登山ピッケルを保っているだけのダンジョン用武器だ。

銀球が闇を切り裂いた。『赤井』の手首が小さく払うと、ボールベアリングが放物線を描いて鍾乳洞の空間を横切る。


「それは、もう見た手品だ!」

『かに』と『ゆめ』は知らなければやられていたであろうその攻撃に、だが、もう知っている。

金属の高い笛音、岩に当たって跳ねる連続音。それだけで敵陣の視線が一瞬ずれる。

2人は軌道を読んで静かに動いた。かにの身体が低く沈み、ナックルグローブの縁で暗闇を引っ掛けるように滑る。

『かに』は即座に『インパクト・シールド』のスキルを発動。左腕に生成された透明な防御壁が、曲がってきたベアリングを金属的な甲高い音と共に砕き散らす。

シールドの持続時間は2秒。『かに』は強烈な踏み込みで地面を蹴り、爆発的な推進力で『赤井』へ肉薄した。


Tips:『インパクト・シールド』……『かに』が使用するスキル。12.7ミリのような対物ライフルの弾丸でさえ、無力化する不可視の防御システム。ただし燃費が悪くまた持続力も2秒程度。30分間に15回前後しか使用できないと考えてよい。


Tips:『脳内対人レーダー』……『春日の警備隊長』が使用するアーツ。文字通り対人レーダーを搭載し、常に目の中のインターフェースに投影する。


Tips:『全自動マグチェンジ』……『春日の警備隊長』が使用するアーツ。文字通り全自動的に弾倉交換する事で、手を使わず、かつ銃撃が途切れる隙を小さく出来る。


「レーザー、コスト15!」

『ゆめ』は杖先の赤い光点で再び例の放電攻撃のレーザー誘導を開始。

空気が引き裂かれるような放電攻撃、破壊を振りまく紫電の光がガイドレーザーの赤い光点めがけて飛んでくる。


「そこを動くな」

『隊長』は中距離を崩さず、カービンライフルからの銃声が、その振動の裂け目へと切り込んだ。

放電攻撃の直後を狙った精密な射撃が『ゆめ』の杖と動きを牽制すると共に、『ゆめ』が距離を変更することを許さない。

『隊長』は己のアーツを駆使し、銃口をゆめへ向けながら接近する。マガジンからすべての弾丸をうち尽くすが、全自動マグチェンジが滑らかに動き射撃が途切れない。

脳内レーダーが弾道と動線を先読みし、『ゆめ』の放電攻撃を掻い潜る。

基本は中距離。しかし、『ゆめ』自身も動き回り、その中距離を維持しながら、『隊長』は『ゆめ』への接近を続ける。


「『ゆめ』ちゃん!」  「――ッ!」

――『かに』さん、そう呼んでいた『かに』からの声に『ゆめ』の表情が歪む。支援攻撃を求めているとわかっても目の前の『隊長』が邪魔でうまくいかないのだ。

ボールベアリングが拳銃弾並みの威力をもって無数に飛び交い、それとは別に力強く振り下ろされたピッケルが『かに』のナックルグローブを迎撃する。


「がっ!」  「わきがあめぇんだよ!!」

『かに』の蹴りが『赤井』の腹を弾き飛ばす。


「逃げるなよ、サツ犬!」

自らが蹴り飛ばしたことで、距離が出来たにも関わらず、『かに』は『赤井』との間に出来た距離を逃げと呼び、追撃。それに対して『赤井』はピッケルを構え直し、新たな鉄球を複数宙に投げ、ピッケルを振り回す。

小さな金属音が無数に鳴り響きながら『かに』から距離を取ろうと後退を続けた。

次々と襲い来る曲がる弾道のボールベアリングは避けづらいが、『かに』はその全てを紙一重でかわし、その接近速度は『赤井』の予測を上回る。

『かに』のナックルグローブを装着した右拳が、ついに『赤井』の肩を捉えた。

ナックルグローブの動線が短く、角度が鋭く、赤井の脇腹に鋼の爪のような一打が入る。

肉と金属がこすれる鈍い衝撃が走り、赤井は息を詰める。骨が砕け、肉が歪み、痛撃と打撃は全身の肉体を追い詰める。


「――――ァ」

しかし、『赤井』は倒れない。体勢を崩しながらも、ピッケルの鋭利な先端を、崩れ落ちる重力と遠心力を利用して、迫りくる『かに』の首筋へと強引に叩きつけた。

刃が皮膚と装飾を引き裂くような音。二人は互いに傷を刻み、互いに一歩分だけ距離をとる。血と粉塵が薄く空気を濁す。


「ァァア――――ァァアアアア!」

痛覚遮断の機能を使わずにいたのだろう。いや、近接格闘で使わないのは負傷に気づかない危険性の方が大きいと思っていたのか。

『かに』の悲鳴は、けれど彼女の体の動きを止めるものではなかった。

互いに一撃ずつを食らい、距離をとって再び対峙する。


「『かに』さん!」  「『赤井』さん!」

状況に気づいた、『ゆめ』と『隊長』の声。しかし、2人は目の前の双方から視線を外そうとはしない。一瞬見る程度を超えれば、途端にやられる。そう感じている。


「『スキル:IRスーパーレーザー』」

『春日の隊長』の銃撃を受けながら、『ゆめ』は杖を天に突き上げ、放電を誘導するレーザー誘導と同じく何かしらの火炎攻撃を誘導する赤外線誘導の光線が全周囲に照射される。次第にそれは収束していき、


「コスト70! 消し飛べ!」

杖の先端より。眩い光が瞬間的に瞬く。そして、熱風と衝撃波が襲い掛かる!

轟音と爆炎。その余波は天井にまで及び、鍾乳石を思わせる巨大な岩塊が砕け散り、今にも落下せんとして吊り下がった。

長い鍾乳石状の岩塊が、静かに、しかし確実に揺れ始める。

生半可な奴なら最初の熱風と衝撃波でひるんでいるか、もしくはやられている。レーザー誘導と赤外線誘導の光線を同時に照射し、それをスキルの力で増幅照射することで人間くらいなら一瞬で焼き吹き飛ばす程度のレーザー攻撃へとエネルギー量を変位させる。

そういうスキル。大技。

出力を限界まで底上げするスキルによって、人すら蒸発させる極太の熱線が、直進してくる『春日の隊長』の心臓を狙った一撃。


最小の動きで回避される。


けれど、その程度の回避で、この破壊から逃れると思うな。


その破壊の余波は天井にまで及び、鍾乳石を思わせる天井の巨大な岩塊が砕け散り


崩落。落下。崩壊。転落。


倒壊し、その巨大質量が落下し、崩落し崩壊していく。


だが、『隊長』の直進は止まらない。


「なっ――!」  (――それは見えてた)

『隊長』が使用する『脳内対人レーダー』のアーツは崩れ行く巨大質量のすべてを教えてくれる。

瞬間的程度だが、安全地帯の場所を予測する程度の事は出来る程度には見なくても教えてくれる。

大岩が落ちる――空気が押し出され、床が震え、細かな石片が舞った。

状況の変化は、『隊長』と『ゆめ』だけではない。『かに』と『赤井』の戦いも変化させた。

『かに』は咄嗟に短いシールドを発生させて衝撃を薄めるが、質量は巨大で、彼女の脚と体幹を数秒間だけ封じるに十分だった。

春日の銃声が余波の中で鋭く続く。この破壊の空間の中で、『隊長』は意を決して中距離維持をやめて飛び込む。

そして、ライフル射撃から拳銃とナイフに武器を切り替えた。


(くる――!?)

直接格闘による無力化。その意図を悟った『ゆめ』は、だが、しかし焦らない。

振り下ろされるナイフに、長いその杖が横から手首に向けて遠心力をつけて叩きつけられる。


「!」  「舐めるなッ」

いわゆる『杖術』の動き。

瞬間的に判断の間違いを察知した『隊長』は拳銃を乱射して牽制、再び距離を取り始めるが、逆に『ゆめ』の側が接近する。

拳銃弾を撃ち尽くす。『アーツ:全自動マグチェンジ』が働いて、拳銃弾倉が自動的に変更される。

けれど、その隙間はある。9ミリ拳銃弾15発が撃ち終わり、その隙間に差し込むように『ゆめ』の背丈ほどもある長い『杖』を『杖術』の技で追撃。

ナイフによる斬撃は、杖の堅い柄に弾き返され拳銃の銃口の向きは邪魔される。

それでも無数に鳴り響く拳銃の銃声。カラッと、拳銃弾によって弾かれた小石が宙を舞い、杖を握る指先と接触する。

それがもたらす小さな違和感。それは1秒以下の隙。『隊長』が距離を再び取るための時間としては十分。


「また、それか! 芸がないな!」

同じ瞬間、『赤井』のボールベアリング攻撃をシールドのスキルとナックルグローブの拳で文字通り撃ち落とす『かに』が嘲り、しかし、大岩の落下がもたらした数秒間の封じ込めからまだ抜け出せていない。


そんな『かに』の体を1発のライフル弾が撃ち抜く。『隊長』が持ち替えたばかりのライフルからの射撃。

『ゆめ』もボールベアリングの攻撃を直撃する。交換射撃。互いの敵を互いが狙撃する。目の前の敵にばかり着目している1人への理想的な奇襲攻撃となった。


『かに』と『ゆめ』のペアは懐から1本の銃型注射器を取り出す。そして、それを遠慮なく自らの首に突き立てた。


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