第4章 9.

   9.

「ここまで、あれに荒れて、無事で済むと思っているの?」

『村井』が『寮長』に聞く。


「具体的に何が? 警備部隊の皆たちならすでに言っている通り、色々と加工しててね、24時間程度ならどこでリスポーンしても居場所がわかるようになってる。

即座に救助隊を送り込める。それでも無理そうなら、日本国民だぞ。それで通せるものは通す。それとも私たち、『女子寮』の運営の事を聞いているの? それなら大丈夫よ。実はね、私たちのところにも設置されているの。『妨害装置』が。

まぁ、低出力だから、今代々木全体で作動してるやつに負けちゃうけど文字通り触ってればこっちの『妨害装置』の方が有効に機能するでしょうね。

つまり、本気でどうしようもな・・・・・・・・・・くヤバイことになった・・・・・・・・・・ら、自前の妨害装置で・・・・・・・・・・リスポンすれば、こっ・・・・・・・・・・ちが指定した場所でリ・・・・・・・・・・・スポーンするからこ・・・・・・・・・・の場所から絶対的に逃・・・・・・・・・・げられる・・・・

「……あきれ果てて何も言えないわ」

『村井』は『寮長』の言葉に対して素直な感想を口にした。

自分たちだけはここから逃げ切れるから問題ない。そのセリフは、だから、ここがどうなろうがどうでもいいと同じだ。


「私だって、それは最後の手段なのよ? 出来る限り、ここは私たちの王国であってほしい。私たちの特別な居場所として整備されてほしい。

でもそれがかなわないのなら、別に破滅しても私たちにはなんの不利益でも何でもない。単にそれだけなの。……でもレベル0はダメ。それだけは許されない。『この場所ダンジョン』は理想の私たちになれる居場所。ここから離れるのは断固拒否する」

「理想の自分になりたい願望は誰にだってある。けどそれって免罪符じゃない! 醜悪な自分とやらを嫌でも見せて、自分たちのやったことを見せてあげる」

「はっ! 生まれたままに自分でいられる恵まれた奴らはなんとだっていう!! チョミネヴァスジェトロ!」

『寮長』が唱えたその言葉が言い終わるや否や、『村井』の体が重くなる。『呪詛』の類かと彼女は『呪詛返し』の歩行呪術を始める。

その隙を『寮長』は狙っていた。陰陽道系統のオカルトである歩行呪術は歩き方で相手を呪い、また呪いを弾き返すが、逆説的に言えば動きが制約される。


「『加西』! 『マスドロ』!」

しかし、『村井』だってそんなことはわかっている。

『マスドロ』こと警察の嘱託職員として、ドローンを後方から管制している『ドローンマスター』はドローンを操り、銃撃。

『加西』もまた9ミリ短機関銃の引き金を引いた。

『寮長』が対抗するかのようにグレネードランチャーの引き金を引く。ポンプアクションによって、次々と打ち出される4発のグレネード。

爆発の火焔と粉塵、魔術オカルトによる、奇妙な火焔の動きが見せるまるで龍が飛び立つ瞬間を思わせる光景。


けれど、それは大きな音ともに終わりを見せる。


                            崩れる鍾乳石もどきの大岩。


『ゆめ』の攻撃の余波。動きを止める『寮長』と『加西』と衝撃でそれどころではないドローン。

そして――――それでもなお、制約された動きをしなければならない『村井』。歩行呪術は完成し、『寮長』のシジルという魔術オカルトを活用した何かが無力化された。

それだけで、今この瞬間は十分だった。


「しまっ――」  

    ――『村井』が使う日本刀だった。

それが、『村井』の手から投げられ、そのまま『寮長』の胸を貫いた。




同じころ、『かに』と『ゆめ』のペアは懐から1本の銃型注射器を取り出す。そして、それを遠慮なく自らの首に突き立てた。

次の瞬間だった。『かに』の動きが変わった。


「ッ!?」

嫌な予感がした『隊長』はすぐさま引き金を引く。しかしライフル弾は文字通り紙一重をかすり続ける。まるで目で見てそのまま極最小の動きで回避しているようだ。

いや、まるでではない。目で見て小さな動きで避け続けている!!


「『赤井』さん!!」  「そっち、お願いします!!」

『かに』をライフルで相手した『隊長』がそのまま『かに』を抑えるために射撃を継続する。

自らに薬剤を投じ、身を切るような痛みを押し込みながら、『かに』は身体能力を無理に引き上げる。動きが変わる。視線が鋭くなり、速度が牙をむく。

強化時間はせいぜい2~3分ほど、反動や副反応も大きい。だが、それでも強化時間の恩恵は絶大だ。

血走った両目。血管が浮き上がり、肉体が軋む。彼女の突貫は、最早生半可な力では止めることのできない!

すでに目の前に『かに』のナックルグローブが迫っていた。

すかさずライフルを手放し、素手の状態で『かに』の手首へと両腕でぶつけて、ナックルグローブの振り下ろし先をずらす。

と、同時に蹴りを入れて、『かに』との間に距離を取ろうとする。が、


「効かねえ!!」

『かに』の強化された身体能力はその程度の攻撃は何の影響もない。

それでも一瞬は稼げた。その一瞬で拳銃とコンバットナイフに持ち替えた『隊長』は『かに』との格闘戦に移行する。


「『かに』さん!」  「そっちにはいかせない!!」

『ゆめ』に対して、ボールベアリング攻撃を仕掛ける『赤井』。


「ダムノー ダムノメー ダマサンドラ ダムノダミア」

『ゆめ』が何事かを唱えだした。『赤井』は直観する――『魔術(オカルト)』だ。このままにしておけば手に負えなくなる。

オカルトを信じない人間にとって、オカルトへの最大最良最高の対抗手段は至って簡単だ。

『バカバカしい。そんなものは迷信だ』と心の底からそう信じて、最大効率の一撃で魔術を使うやつをぶっ飛ばす。


「ハハハッははははははははははははははははははははははははははははははははは」

だから、笑う。嘲る。嗤う。蔑んで、哂う。見るものが狂気を感じるほどに見下した笑いを哂いを嗤いを。

そして、唐突に叫ぶ。


「バンッ!!」

『赤井』がこれまで温存していたスキルが発動する。

次の瞬間、『ゆめ』の顔面その直前に『閃光音響手榴弾』が炸裂した。


Tips:処女神ヘカテー……古代ギリシャ神話の女神にして魔術をもって最高神ゼウスさえ支配する真の支配者として信じられた魔術女帝。

「ダムノー ダムノメー ダマサンドラ ダムノダミア」はそんな彼女の杖に刻まれたとされる力ある言葉である。


Tips:『スキル:再現性スタングレネード』……スキルで閃光音響手榴弾を再現したもの。特定のワードで発動し、目視任意の場所にて炸裂させることが出来る。

『赤井』や『いちちゃん』が使用する。強い閃光と音で相手の脳を揺さぶったりするなどして、相手を瞬間的に無力化する。


「ぁ」

動けない『ゆめ』に殺到するのはボールベアリングの乱舞。所詮は20~30メートルの射程距離で拳銃弾程度の威力しかない。

けれど、拳銃弾並みの威力がある。1発だけなら何とかなってもそれが無数に襲い来る。耐えきれるかは別の話だ。


「『ゆめ』ちゃん!!」

『かに』が叫ぶ。そっちに気を取られた。『隊長』の拳銃が『かに』の手首に向けて至近距離から撃たれる。

いかに強化、防弾といっても関節、それも細い手首の関節を狙った攻撃は、高い有効性を示す。

そして、次の瞬間――『かに』の首が無数のボールベアリングに撃ち抜かれた。

『赤井』はピッケルを本来の用途、すなわち山登り岩登りに使い、落下してきた鍾乳石もどきの大岩の頂点にいて、そこで大量のベアリングをピッケルで弾いて弾幕を形成していた。


「おまえらぁぁあああああああああああああ――――ッ!!」

ボロボロになってもなお、動き続ける『ゆめ』が最後の力を振り絞るように杖を『赤井』に向ける。

目の前で『かに』がやられた怒りをぶつけんと般若の形相の『ゆめ』が痛みも流血も何もかもを無視して動く。


「IRレーザー、コスト80! やけしねえええええええええ!!」

一筋の破壊の光線が宙を焼く。けれど『赤井』に直撃はしない。その前に大岩から飛び降りた。自由落下が彼女を破壊の光から守った。

そして、1発の銃声。ライフル弾が、『ゆめ』の文字通り頬を撃ち抜いた。




「エーデー・エーデー・タキュタキュ、チョミネヴァスジェトロ――――」

「――我が口は炉の口である。我は明王、眷属が囲み大智火は法益に浴させん。聞け、我の浄化を受けて

オン・スムバ ニスムバ フン グリナ グリナ フン グリナ アーパヤ フン アーナーヤ ホフ バガバン ヴァジラ フン」

力ある呪文、聖句、呪歌が次々と響き渡る。『寮長』の口から、『村井』の口から、それぞれが握るスマホのスピーカーから。

そして、お互いが引き金を引く。無数の銃弾。


「赤い文字が示すのは、心理と殺意。邪悪なるものたちをここに連れていけ、エーデー・エーデー・タキュタキュ」

いつの間にかガラスペンを握る『寮長』の地面には真っ赤な文字らしく物がある。

そして――――

         ――『寮長』にはいない。

刺又が2つの銃口が、側近の『ゆめ』も『かに』も傍らにいない『寮長』に対して、『村井』には『加西』がいる。

魔術オカルト』をもって『加西』の攻撃を無力化――出来ない。『村井』が対処してくる! 

そして、手榴弾が降ってきた。ドローンによる近接航空支援。

そのすべてに一度に対応するだけの実力や何かを『寮長』は持っていない。


「それで!! 私を拘束して! どうしようと? 呪いで騒乱を引き起こしましたぁ~! なんて本気で言うの? バカバカしい。

近代刑法は『呪詛』で人を呪い殺すなんて馬鹿げた理屈を許容しない! 非合理的で非科学的すぎてね!!」

「公務執行妨害でも暴行罪でもなんだって使ってやる。あんたをそのままにはしない!!」

「はっ、どうやって!? 警察も検察も裁判所も、オカルトは扱えない。科学と証拠でしか動けないでしょう。

どんな弁護士だろうが、士業だろうが大学教授だろうが、呪詛で刑罰を与えることは不可能。オカルトとはそういうものよ!!」

『寮長』を地面に押さえつけてなお、勝ち誇る女の顔がニタニタと視線で笑って『村井』の顔を見上げる。

『村井』が見下ろしているはずなのに、その視線だけで、惨めな気持ちを抱えてしまいそうになる。


「かつて、律令では『厭魅』は死罪に相当する罪だった。明治維新の時に『五箇条の御誓文』って学校で聞く奴でね、こう宣言されたの。

『律令、幕府法、旧い法律は全部廃止する。ただし、新しい法律を作るまでは古い法律を参照する』って」


Tips:『法学』の基礎……革命、廃止、無効が宣言されるまで、いかなる法律も理論上は有効である。

ゆえに日本法学の世界では思考実験の類として、冗談半分ではあるが、『墾田永年私財法』が今現在も有効ではないかという議論がされることがある。

『墾田永年私財法』の廃止、無効が宣言されたことはなく、或いはその内容にかかわる新法が存在しないためだ。


「何が言いたい」

「『呪詛』は存在しない。ゆえに裁けない――って、そんな法律は無い。単に規定されていない、想定されていない。そしてこの場所に限定すればそれは、存在する可能性が立証できる。なら、大宝律令だの養老律令だの……『厭魅』禁止を持ち出せると思わない?」


「「無茶苦茶な!?」」

『寮長』と『加西』が同時に叫んだ。


「まったく、偉そうに歴史の授業を始めた割に、勉強不足よ。明治元年に五箇条の御誓文、そして明治3年に暫定刑法として『新律綱領』が制定された。

そこには『厭魅罪』が制定されてた。でもね!! その後ちゃんとした近代刑法が成立した明治15年に正式に廃止が宣言された!! 

お前の論理は暴論で、無意味で、ごみ屑で、私を裁ける奴はどこにもいない! 私がここにいる限り、私が、私を、私で居続けることは誰も止められない!!

何がLGBTだ! 何が宮地 猛だ! 私は私だ。確かに私はLGBTかもしれない。宮地 猛かもしれない。けど、それは名前だ。どこぞの誰かが勝手に作ったカテゴリーだ。私の生き方全部じゃない!! 何がLGBTらしい生き方をしろだ、宮地猛さんだ、私は私だ。私が私として生きられる唯一の場所はここだけだ。

そして、ここにいる限り、私がどんな儀式をしようと誰も私を責められない。私を止めたかったら、ただ一つの絶対的な言語、暴力だけだ。近代刑法は私の行動を罪には出来ない。

今の時代に『厭魅罪』は存在しない。近代科学的合理主義の観点でも成立出来ない。私の行動の結果は誰も裁けない!」

『村井』は沈黙する。そんな先輩の姿に『加西』は自分自身どんな言葉をかけていいかわからなくなった。

実際、自分自身よくわからないからだ。『シジル』? 『魔術オカルト』? 奇妙な模様をあっちこっちに書きまくって人々の意識を誘導した?

そんなよくわからないものでこれほど大きな騒乱に発達した。論理の飛躍ではないか?


「それでもやったことの責任は取らせてやる。必ず法の下に引きずりだして」  『――――!――――!』

「だから、どうやって! 私が呪いでこの事態を引き起こしました~そんなことを検察官が、裁判所で立証できると本気で思っているのか?」

「ここはダンジョンだ。まともな常識が通用しない場所だ。そういう特異な武器があるとすれば、理論上は出来ると思っている!」

「解釈次第で罪になるなら、警察なんていらない! なんと素晴らしき近代的時代かな!!」

『寮長』のその叫びと共に、駆けつけてくるのは『女子寮』の戦闘要員たち。

『寮長』とその側近たる『かに』『ゆめ』を撃破するためだけに大量の弾薬を消費し、疲れ果てた4人と新たに表れる6人ほどの戦闘要員。


「さぁ、私たちを解放しろ。お前が何をどういおうと『呪詛』を日本の近代法は裁けない。いや、日本以外でも先進諸国ならどこだって私を裁けない!!

そして、この場所に私がいる限り、私が何をしようが私の勝手で、お前たちの言葉はただの鳴き声同然だ!! それとも公務執行妨害でも言い出すか!? あんたらお得意の!」

『――!――――!!』

「だったら、結果責任だ。刑事裁判であんたに責任を取らせることが出来ないのなら、民事で対処する。あんたが呪詛儀式を行い、実際に被害が生じた。

1回だけなら偶然、10回も続けば必然を疑うのは当然のこと。民事での損害賠償って手もあるんだよ!」

「原告適格って言葉、理解してる? そんな裁判誰が勝てば法律文書的な意味で利益があるんだよ! そういう場合、裁判する意味がないから成立しないんだよ!」

周囲に広がるのは異常なる異空間。事実上の無法地帯。今回、ある逃亡中の被疑者を確保するために何とか集められた人員を投入されたという出来事が無ければ

そもそも踏み込むことさえない。日本国内に出来上がった『治安維持機構拒否地域ノー・ゴーゾーン』。


「それでも、それでもだ! あんたは多くの人々を危険にさらした。実際私のボディカメラにはあんたが呪文を唱え、妙な攻撃手段を駆使したことも明確に記録された。

私だけじゃない。ドローンだって録画している! 結果責任を問うことは不可能じゃない」

「それでも『魔術オカルト』は非科学的で非合理的だ。『通常の現実世界レベル0』の裁判所で、判事の前で唱えてあげようか? アブラカタブラってな!

目に見えてわかりやすい再現性は確認できるかな!? それでも呪詛を裁判所が裁けるのであれば、夢も希望も立派な罪だよなぁ! だって、あんたらの解釈次第でなんだって罪になるんだから!」

「公務執行妨害は実際に起きた事実だ」  「けど、ソレダケ、だよなァ!!」

「先輩! 本当に大丈夫なんですよね!? もう私たち満身創痍ですよ!」

「そうだ、だから、この拘束を解くんだな! 数ではこっちが完全に上回った!!」


『――「村井」!! 返事をしやがれ! バカが来る!!』

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