第4章 7.

   7.

「えっ――」  「――おおっ、もうかよ。早いな!」

『川上』と『長谷川』は自分たちのスマホ画面を見て、『妨害装置』が破壊されたことを知ったのは、『冒険部』4人組が突撃して5~6分程度経過したあとのこと。


「あの人たちなんですか?」  「高校生」

「えっ」  「だから、高校生。部活動でダンジョンしてるんだって、金持ち学校の金持ち学生だね~」

「「「未成年を巻き込んだんかあんたは!?」」」

そんなこんなで『長谷川』の胸に秘めた退職願という武器が使われるかもしれない状況に助けられた面々の胸中はいかほどか。

ついでに縛られた例の謎の女性が傭兵と共にコンテナハウスから運び出されてきて


「あっ、情シスの主任。申し訳ございません。記録媒体の処分は――」  「――バカ!」

「ほぉ……私たち労基から来たものですけど、ちょっとお話いいですか?」

『長谷川』と『川上』はここにきて大金星を得たのだと理解したことで、女の扱いが変わる。

絶対逃がさないようにという目線に変わったのだ。



「とにかく、これでブラック企業どもの雇った主要な傭兵は排除出来たってことでちゃんと証拠、証言、ついでにこんなクソみたいな抵抗をした罪で全員豚箱送りに――」

(――そんな権限労基に無いよね)

一応逮捕権を持っている労働基準監督官だが限度はあるが、今回は重大な犯罪行為を行ってはいるので、近いことにはなるんじゃないかなとか思っている役人連合の皆々様方。

それはそれとして、自分たちが苦労した相手が4人組の高校生の部活動に吹き飛ばされていくのを見てスカッとしていいのか未成年を巻き込んだことを悔やめばいいのか

複雑な思いで困ったことになったそうな。


「あっ、1人逃げようとしてる」

逃がすかといわんばかりに役人連合の皆様が1人を追いかける。ぞろぞろと人が集まりその重量に適当に施工した整地は耐えられなかったらしい。

逃亡者1名と他の方々を巻き込んで崩落。落ちた先はスライムの培養層。


「やばいやばいやばい!! 早く上がれ!!」

「だ、だれ、か、たたた、たすけてぇえええ!!」

逃亡者1名はスライムのちょうどど真ん中に落ちたらしい。逃亡者の体温を餌に膨張し増殖していくスライムはあっという間に逃亡者全身を流体状の粘着性のそれが覆いつくす。

助けを求める口から、呼吸する鼻からスライムは体内に侵入し、遠慮なく体温を吸い尽くす。

血液が凍り付き、奪われた体温の分だけスライムは増殖してその量を増やしていく。


「焼き払え!」

誰かの掛け声とともにスライムの中に遠慮なくガソリンだのプラズマだのアーク溶接機の火花だの手作り火炎放射器だのがぶち込まれる。

微量なら問題ないが、人間1人飲み込む分量のスライムともなれば、文字通り徹底的に焼き払って無理やりにでも気化させてやらねば対処不能だ。

ちなみに多くの場合、スライムは冷媒効果がモンスターとして観測された結果であり、アンモニア水溶液が正体だったりするので、塩酸でもかければ勝手に消える。

何なら液体窒素でもかけりゃ、小さくなって最後は踏みつぶしてどうとでも出来る程度の存在になる。


が、この分量ともなれば、焼き払わねば焼け石に水だろう。


「まったく、どんだけスライムを増産しているんだよ!!」  「スライムを冷媒として活用できれば水冷や空冷より効率がよい上にコスパも良いからな」

どうにか『通常の現実世界レベル0』でスライムを工業利用できないかとあーだこーだと悩んでいるといわれているが、ならダンジョン内部でやれば良いじゃないかと考えるのは世界中で起きていることだ。


「あっ終わりました?」  「ちゃこちゃこちゃーこ-SAN、これでSOSはエンド?」

冒険部4人組が粘着テープですそまきにした幾人かの傭兵達を転がしながらコンテナハウスから出てくる。

そんな4人組を見ながら『長谷川』は


「もう少し手伝ってもらえませんか?」

そして、『長谷川』と4人組が会話しているのを見ながら、駆けつけてきた『Tフラッシュ』の姿を見た『川上』はふと気づく。

アレ? これって、今の状況が全部リアルタイムに配信されているって事では?




 代々木ダンジョン村西部地区にて、警察たちは決断した。最優先で女子寮ぶん殴って鎮圧するわ。

本来被疑者逮捕を最優先にしたいが、『女子寮』の活動が明確な妨害になっている。そのうえ、彼女たちが傭兵たちとぶつかったことで彼女たちの身柄の安全は保証できない。

いくら彼女たちがヤクザ同然であったとしても、日本国民が警察の目の前で国外武装勢力と戦い妨害装置によって国外へと拉致られていくのだ。


「つまり、『女子寮』を最優先でフルボッコにして、公務執行妨害あたりで逮捕拘禁保護下におけば、邪魔者は消えて、国民の保護も出来る一石二鳥!!」

「先輩、半分くらい私怨ですよね」  「それの何が悪い!! 状況をカオスにしやがった『寮長』をこの手で絶対現逮する!!」

『加西』は呆れながらも『村井』に内心で賛同する。

そう、警察、正確には県警が上から下まで全員が苛立ちのあまり青筋立てて『女子寮』から全力で潰す事に決めたのだ。

実際『女子寮』は日本国民で、妨害装置が動いていた状況だと外国に売られる女性達という構図になるのだから。

『女子寮』以外でも全員日本国民なのだが、今の状況で外国の傭兵に積極的に喧嘩を売りに行くのは日本側の警備要員と女子寮どもくらいしかいねえよ。

と言う訳で、青筋立てたおまわりさん達が全力で『女子寮』を鎮圧し、その勢いで傭兵達をぶっ飛ばす事に決めた。


「『女子寮』の『寮長』をぶっ飛ばしたいんですけど、『春日の警備隊長』さんに『赤井』さん! あの人が何処にいるか分かりますか?」

「そりゃ……」  「あの人責任感強いからね。戦闘スタイル的にも場所は一つでしょ」




かくして、場所は『女子寮』と謎の傭兵軍団がぶつかり合っている最前線近くの無線交信が一番多い箇所へと『村井』、『加西』の女性警察コンビが移動する。

そこは『女子寮』の臨時の司令部になっているらしい。

ふんわりと若い女性を連想させる花の香りが無数に漂ってくる。尤もそれらは化学物質で作られたものでしかない。何しろアバターでしか無いのだ。体臭と呼べるほどの物がどれだけあるといえるだろうか。

というか、体臭ならなおのこと男女関係なく動物の獣臭をそう呼んでいるだけだし。


「で、『寮長』さん。いえ、『女子寮寮長』の『宮地 猛みやじ たける』さん。ご同行願いますか?」

そう呼びかけられた相手は、名前に似合わない長髪ポニーテールの女の子だった。見かけの年齢はせいぜい女子大生といったところか。

身長は170とちょっと程度に少し筋肉質なのがわかる体格。

顔立ちは可愛い系の彼女は、しかし『寮長』と呼ばれる『女子寮』という事実上のヤクザまがい組織の指導者級の人物である。


「刑事さんは人が嫌がってる事をするのが好きだよね。まぁ、犯罪者を相手にしている職業だから、常に相手を威圧する職業病かな?」

小さなほほえみと共に『寮長』は女性刑事2人組を見ている。


「もう一度言いますね。『寮長』さん、『宮地 猛みやじ たける』さん、ご同行願いますか?」

「その名前、嫌いなんですよね。ああ……『赤井』さんに『春日の警備隊長』さん。あなたたちも警察側ですか。困りました。さすがに私1人で刑事さんたちを制圧できません」

そういう『寮長』のもとには、彼女の側近というべき2人組の武装した女性がやってくる。

県警では『女子寮』の中枢である彼女たちをマークしていた。その3人が一堂に会している。『妨害装置』が作動していなかったら遠慮なく3人全員、爆殺でもしてリスボン先で確保したいところだ。


「『かに』さん『ゆめ』さん。お願いできます?」

『寮長』のその言葉に対して、側近、『かに』さん『ゆめ』さんと呼ばれた2人の女性は武器を取り出すことで答えた。

1人はボクシンググローブにも似ているが実際は遠慮なく命を奪い取るナックルグローブ。

もう1人はRPGゲームに出てきそうないかにもな長い背丈ほどの魔法使いの杖。

先端に水晶の結晶体を思わせるもので飾られたそれは、一見すると武器というよりコスプレ道具にも見える。

『寮長』はそんな2人を見てすごく嬉しそうに腰のホルスターから2丁の拳銃を取り出して両手に持つ。


「任意同行を求めたかったのですけど」  「任意でしょ。拒否します」

「では、改めて、あなたたちのやってることに警察は公務執行妨害とついでに騒乱罪の嫌疑をかけています。そのことについて、異論ありますか?」

「何を答えても公務執行妨害にするつもりなんでしょ? ほら武器を見せたわ。立派な現行犯ね。あなたたちにとって」

もはや是非もなかった。これは決裂。完全なる決裂。


『――爆撃準備中。そっちまで……』  「マスドロ、爆撃よりこいつらが逃走しないように周辺の監視を優先して」

自称「ドローンマスター」と名乗る警察の嘱託冒険者職員への無線連絡が終わって、1秒、2秒、3秒。


4秒目で全員一斉に動いた。


「『寮長』、公務執行妨害で現行犯逮捕する!」  「サツごときにやれるかよ!」

先ほどまでの柔らかな口調から荒っぽい口調への変貌。

『村井』はその口調を聞いて脳裏に読み込んだ『寮長:宮地 猛』の資料を思い出す。


彼女――いや、『彼』は――――


「――こちとら、やっと理想の肉体を手に入れて、理想の性別で生きられるんだ! 今更レベルゼロなんて生活できないんだよ!!」

先天的な性同一性障害を患った人。いわゆるLGBTのTに当たる人だ。

そのことで大変苦労したらしい。確かに昨今はLGBTに対して色々と理解が進んできた。けれど理解が進んできたことは『彼女』が生きやすくなったことを意味しない。

個人と全体は別の話なのだから。


「所詮、アバターです! 何が理想の肉体ですか!」

『加西』がそんなことを言いながら刺股を振り回す。


「生まれが恵まれたあんたたちにはわからない領域の世界に、土足で踏み入るな!!」

『寮長』の二丁の拳銃より飛び出すのは9ミリの銃弾。ただし、どちらも曳光弾。つまり、撃った時に光る弾丸だ。

『寮長』の拳銃は片手で撃つせいか、それとも純粋に二丁拳銃というスタイルが持つ欠陥か。その命中率は著しく悪い。

けれどそれでよいのだ。何故ならば、無数の光の軌跡は――――


(――まぶたを閉じても光が消えない!)

『村井』の目に焼き付いた光の軌跡は人間の目の中で一つの円や記号を作り出していく。

ヤバい。直感した。このやり方は


「全員距離をとれぇぇええええええええええ――――!!」

『村井』は『閃光音響手榴弾スタングレネード』を投げる。強い光でかき消さないとヤバいと考え て 


「 もう遅い 」

『女子寮』のボス、『寮長』の『魔術オカルト』は完成した。


「イムスト・ハヴ・ヤリングク」

『寮長』は、何事かを呟きながら、自らの拳銃で自らの両腕の肘関節を打ち抜いた!


「「「――!?」」」

直後、『村井』が『加西』が『赤井』が『春日の隊長』が、その両腕右ひじが爆発して、腕が吹き飛んだ。


Tips:『オカルト』……ここでは『魔術』・『呪術』と称される昔ながらの神秘体系の事を指す。

漫画やアニメなのどの物語では呪文を唱えて光線が出たりするが、昔から存在するもの物語では無い物はそうではない。

心を静める呼吸法や呪文。観察眼を鍛え、探しているものを見つけるようになるなど、本質的には自己啓発の技術でしかない。

そして、暗示法などを駆使して、他者の考えを誘導し、時に幻惑させる術である。

ところでダンジョンこと、ディープ・フロンティアスペースとはどういう空間か。アバターを通して『そういう風に』観測している空間である。

思考誘導の果てに――――まるで漫画やアニメのように呪文唱えて火が出るように『観測』させる事は理論上不可能ではない。

ここに、『オカルト』はオカルト以上の意味を与えられた。


「イムスト・ハヴ・ヤリングク」

再び謎の言葉をつぶやきながら自らの拳銃で両足の膝を打ち抜く。

ダルマが4人分出来上がる。『寮長』だって、負傷している。しかしその負傷箇所と同じ場所が『寮長』の敵側はそれ以上に損傷している。

ポーションが自動消費されるアーツが起動し、『寮長』は自動的に負傷が回復されていく。

同じくポーション自動消費のアーツを持つ『村井』が次に回復しはじめるが、負傷の度合いが違うから、回復速度も違う。

そして、その速度の違いを見逃す、『寮長』の側近たちではない。


「サツはあきらめてくれない?」

ナックルグローブでいつでも頭を粉砕できると押さえつけられる。


「公務執行妨害でお前ら全員しょっ引く……!」

「そんなこと言っちゃうんだ。このざまで?」

『かに』と呼ばれた女性。


「お前らサツはいつだってそれだ。自分たちの都合でしか物事を見ない。いや、サツに限らないか。私は人殺しだ。

アバターじゃない。本当に人を殺したことがある。やるときはやるぞ? それでもその口が利ける?」

「単なる前科もちが前科でそういう目をされて腐ったか! だからそういう目が無くならないだけだろ! 『マスドロ』ォ!」

「なっ――!」

――ドローンによる近接航空支援。降り注ぐ12ゲージのシェルショットが『かに』と呼ばれた女を『村井』から退ける。

散弾による銃撃は『村井』にもダメージを与えるが、『村井』はそれを異に返さず、ポーションを残る3人組に向けて投げつける。


「『かに』さん!」  「『ゆめ』ちゃん!」

あるところに1人の女性がいた。あるくだらない男に付きまとわれ、気が付けば襲われていた。そして、抵抗した。

状況が悪かった。男は死んだ。正当防衛か否かが争点となって、やっぱり状況が悪かった。

かくして前科もちとなった女性は、普通の人生のレールから脱線して、流れに流れ着いて『女子寮』にたどり着いた。


「サツなんかに、私の居場所をこれ以上奪われてたまるかよ!」

『かに』の必死の形相。

復活した『加西』の刺股が『かに』を封殺しようと突き出されるが、ナックルグローブで刺股の先端がはじかれ、一気に『加西』の懐に『かに』が入る。

『加西』は即座に刺股を手放し、電磁警棒に武器を持ち替えて応戦するが、明らかに人を殺す気満々のナックルグローブ相手に電磁警棒が力負けしているのは明らかであった。

逮捕術の要領で戦う『加西』に応援に加わりたいが、『村井』の前には『ゆめ』と呼ばれた女性が立ちふさがる。


「レーザー、コスト15」

杖の先端から放出されるのは赤い光の一本線、すなわちレーザー光線。しかしそれだけ。

単なるレーザーポインタ。しかし、『村井』はそのレーザーから必死に逃げ回る。

次の瞬間、レーザー誘導によって瞬間的な放電現象がレーザー光点地点に炸裂した。

空中でびりびりと空気が帯電しているのがわかる。

『村井』が即座に日本刀で切りかかる。相手を無力化とか悠長な事は考えられない。


「IR、コスト20!」

あるところに事故で体が動かなくなった女性がいた。

家族も恋人もいたけど、自分の足で歩ける世界より、大切なものだと感じることが出来なくなった。

だから、全部捨てた。思うがままに体が動ける世界より、家族、恋人、友人たち全部全部全部、ごみ屑と大差ないから。


気付けば火柱が立ち上っている。杖の先端から目には見えない何かが出てるようだが、その何かの正体がわからない。

とにかくその何かの着弾点から火柱が上がっている。

『ゆめ』と呼ばれた女性はさらに次の攻撃へ移ろうとして、銃撃。

『村井』の拳銃弾が彼女の肩を打ち抜いた。そして、追撃、ボールベアリングが無数に飛んでくる。


「「「――!」」」

復帰してきた『赤井』のボールベアリングの縦横無尽の弾道機動が次々と『女子寮』3人を打ち抜く。

ボールベアリングが『寮長』の左ひざを打ち抜いて、『赤井』と『加西』と『春日の隊長』の左ひざが粉砕された。


「なっ――!」

1人だけ、完全に無傷の女――『村井』――が、そのまま『ゆめ』を日本刀で切り付ける。


「なぜだっ!?」

切り伏せられた『ゆめ』が叫び、『寮長』が大慌てで『村井』に向けて拳銃を撃つ。曳光弾が光の軌跡を描こうとする。


「我が前に風を。後ろには水を」

『村井』が何事かを呟きながら日本刀を振り回す。


「右手に火を、左手に土を」  「まさか……」

「外に五芒星、うちに六芒星。ここに追儺の剣をもって、悪鬼を切り伏せん」

「『五芒星の追儺儀式』をベースにした、『呪詛返し』の『魔術(オカルト)』か!」

『寮長』は気づいた。失敗したと。繰り返すべきではなかった。手の内がバレてる。


「よく考えればすごく変だった」

『村井』が指をさした方向には奇妙な現代アートじみた文様が描かれた壁。『代々木ダンジョン村』の各所に描かれたそれ。


「私たち警察も被疑者も傭兵も……全員そろいにそろって真正面からドンパチする以外の解決策はないと思い込んでいる節があった。

私たち警察だけじゃない。あまたの冒険者も別件でやってきている役人集団もそいつらの敵も撤退の2文字をなかなか思い出さない。あんたはオカルトを使う。あの現代アート、アートじゃないわね。シジルね?」

「先輩?」

『加西』が、いったい何の話をしているのかと頭をひねる。


「さっきから唱えているよくわかんない呪文じみた言葉もシジルの応用ね? もとになった言葉は一体何かしら?

いむすと、はぶやり……だっけ。IMST……何にせよ人を呪わば穴二つって奴よ。破られた呪詛は必ず帰る」

次の瞬間であった。『寮長』の拳銃が引き金を引いても弾が出ない。ジャムった。

それを見逃すはずもなく、『春日の隊長』がライフルで『寮長』を撃ち抜いた。撃ち抜いても同じ個所が負傷するという謎現象は発生しない。


「ま、まだだ! 新たなシジルを作成開始」  <――提案します。>

『寮長』が大声を自らのスマホに向かって叫ぶ。スマホから聞こえてくるのは合成音声の案内文。

チャットAIによるシジル魔術と呼ばれるオカルトの使用支援のプロンプトが稼働している。


「オフェンシトビト!!」

『寮長』が取り出したのは『ロシア製:P.A.式グレネードランチャー』であった。


「ヘルメスよ、ソフィアの名のもとにその任を果たせ。回れ回れ回れ、火焔、その灼熱の輝きが剣と見えるように、オフェンシトビト!!」

『寮長』が引き金を引き、4発の擲弾がポンプアクションによって解き放たれ、爆炎が次々と上がり、爆炎がまるで大蛇のようにうねり意思を持つように『村井』に襲い掛かった。


「おとめ座、さそり座、太陽、イシス、アポフィス、オシリス、イシス、東に風、南に火、西に水、北に土、HCOMA-MPEH-ARSEL-GAIOL 均衡を閉鎖せよ、勅令の如く今すぐに!」

『村井』が何事かを叫び、襲い来る爆炎の大蛇をその日本刀で切り裂いた。

一連の戦いを見る『加西』にとって、何が何やらわかったものじゃない。


「まったく、やけに高度な魔術戦じゃないの」

『赤井』がピッケル片手にのほほんとした口調でそんなことをいう。


「インデックス、シンボル、アイコンの高速回転。つまりは連想させ、実際に連想させた現象を観測した気分にさせる。つまり錯覚させる。

あとはアバターの機能やら何やらがそれを一種の物理現象として見てしまう」

「???」

「シジルっていうオカルトがあってね。標語を記号に変換して、サブリミナル効果じゃないけどそれを頭の中に焼き付けて意識を誘導させる……って奴があるらしいわ。なるほど、考えてみれば村中あちこちに変な文様が描かれてたわね」

よくわからないが、それによって必要以上に『暴力的』な考えに支配されるようになっているらしい。

それを仕掛けたのが『寮長』で。


「アレ? それって何の意味があるんですか?」


「「 そんなこともわからないの 」」

『かに』と『ゆめ』が武器を構えながら


「だって、そうすれば『女子寮』の敵はみんな自爆するか、『女子寮』が正義としてこいつらをぶん殴れるじゃない」

「うまくいけば代々木の半分を『女子寮』の王国として扱えるようになります。より一層私たちの居場所が増えます。受け入れられる女性の数が増えます」

「ここは元々は女性のためのDVシェルターから始まった。居場所のない女、ここでしか自由を得られない女たちの最後の居場所として広がっていく。

ある人は、強姦されかけて抵抗したら人殺しになった。ある人は半身不随のレベル0より、自由自在に体が動くレベル1の住民になった。ここならそういう人たちを受け入れることが出来る。でもうざったい馬鹿どもがレベル0如きの倫理観とやらを振りかざす。法律もマナーもくそくらえだ」

直観だった。『加西』は目の前の2人が、自らを人殺しと自虐する人間とレベル0を捨てた半身不随だと気づいた。

そして、彼女たちはレベル0……本来あるべき人の世界を嫌悪し、この無法地帯を愛しているのだと気づいた。


だから、引っ掻き回す。不完全でもこの世界に日本国の法治をもたらす作用を拒絶する。自分たちを追い詰めた男の世界を憎悪する。


「本末転倒だ。女の敵を排除するとか言って、大陸の傭兵相手にドンパチして、それで、『妨害装置』が動いて、『女子寮』の戦闘員、仲間たちが外国の

よくわからない反社の商品になる。それを本当に、意味があることだと思っているんですか!?」

「それは大変な事よ。だから、許容できる範囲のリスクにしているつもりなの」

「彼女たちには細工がしてあるの。だから捕まっても24時間以内程度ならどの辺のダイビングスポットに転送されたかわかるようになってる。

そして、こういう時くらい、政府って無能には働いてもらわないと、国民が助けを求めている。場所はここですって」

「都合よくこういうときだけ税金に頼るって!?」  「一応私達だって日本国籍があって納税ぐらいはしているわよ。少なくとも消費税くらいは払ってるわ」

もはやいうべき言葉が『加西』には見つからない。

『村井』と『寮長』がよくわからない謎の理屈と力で激しい戦いをしている中で、『加西』は『かに』と『ゆめ』相手にただ愕然としていた。


「それに、女の敵を破壊するための犠牲だもの。私達だって助ける努力はする。そのうえでどうしようもない時は、彼女たちも納得してくれるわ」

「それって、居場所居場所うるさいあなたたちが率先してその人たちの居場所を奪ったって意味じゃないですか! 本当に居場所なら、敵を破壊するための犠牲じゃなくて、居場所を守るため頑張った人達は絶対守るとかじゃないんですか!」

「無駄よ。こいつらがそんな道理で行動するわけないじゃない」

『村井』の叫びに『赤井』が答える。彼女たちとともに行動することも数多かった『代々木ダンジョン村』の西部区画のまとめ役をやっている『赤井』にとって、

『女子寮』は戦力としては魅力的だが、厄介な集団でもあった。その理由がこれだ。


「さすがに今回の騒動への関与、介入は認められません。後で村長と協議の上、抗議させていただきます」

「やってみろ」

『加西』は、『赤井』の切った啖呵を見ながら、内心驚いていた。警察官である自分以上に憤りを隠さない『赤井』の姿に。


「女性同士の会話に入るのは気が引けるのですが、それを聞いた我々としても対応策を考えないといけないんですが、その件については聞いても?」

『春日の隊長』がそのライフルの銃口を向けながら割り込んでくる。

『加西』の目から見て、彼もまた本気で憤りを感じているのがひしひしと伝わってくるのに驚いた。ダンジョンで活動する人間達だからこその何かがあるようだと思う。


「「悪いですけど、『女子寮』は敵とみていいですね」」

『赤井』と『春日の隊長』の声が重なった。

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