第10話 お金持ちってスキー好きよねぇ

ガラガラガラガラ――。


幹線道路を、一台のトラクターがのろのろと進んでいた。


周囲に対向車も後続車もなく、見渡せば牧草地と空き家が点在するばかり。

一見すると牧歌的な風景だが、文明が沈黙した今、その真ん中を旧型トラクターが走る光景には、どうしようもない違和感があった。


草むらの陰、倉庫の影、どこに何が潜んでいるか分からない。

のどかさの裏に潜むのは、緊張と恐怖。


今回の調達隊は8人。

ハンターの裕太、消防団長の克俊、整備士の浩平、民生委員の君江、元警官の清次。

そこに一般の避難民から志願した、幼い子を抱える若い母親たち三人を加えた顔ぶれだ。


ほとんどが避難所の外に出るのは初めてで、周囲をきょろきょろと見回しては怯えを隠せない。

距離を進むごとに口数は減り、やがて車内は重苦しい沈黙に包まれていった。


その空気をほぐすように、克俊が口を開く。



『君江さん、これから行く家は住人の許可とってあんの?』



『えぇ。犬山さんちと塚田さんちからは“全部使っていい”って承諾をもらってるわ。ただ、佐川さんや根本さんは避難所に姿がなくてね。忠司さんの話だとリストにも載ってないの。どこか別の避難所に誘導されたのかしら』



『あー……それ、多分太陽フレア直後の混乱のせいだな。あの時は孤立した住民を救い出すのに必死で、避難先もバラバラだった。なぁ裕太?』



裕太が深くうなずく。



『ええ。あの頃の外は地獄でした。毎日どこかで悲鳴が上がって……でもサイレンや拡声器の怒鳴り声、銃声や防災放送にかき消されてしまうんです』



『ほんと酷かったよな……太陽フレアさえなけりゃ、今こんな事態にならなかったかもしれねぇ』



克俊がぼそりとつぶやく。



裕太は少し考えてから口を開いた。



『……どうでしょうね。確かにフレアがなければ被害は軽かったかもしれません。

でも、太陽フレアの前には既に世界中で野生動物による被害が深刻化してて、経済も物流もストップしてたじゃないですか?


飛行機を飛ばそうにも鳥たちが一斉に群がって突っ込んできて…バードストライクでしたっけ?あれで何機も墜落してまって空港は事実上閉鎖されましたし。


船だって護衛艦を付けても沖に出れば戻ってこない事もあって、潜水艦さえも音信不通になってるとか。しかもその時の海域の衛生写真は肝心なところが黒塗りのままニュースで報道されるっていう…』



清次が興味深そうに顔を向ける。



『裕太さんたちは、いつからその対応に駆り出されてたんですか?』



『消防団に避難誘導や野生動物の対応で声が掛かったのは…今年の春ぐらいでしたかねぇ。

…裕太んところの猟友会はその前から野生動物の対応してたんだろ?』



『えぇ。山の空気がはっきりと変わったのは一昨年くらいからですかね…。

あの頃はキツネやタヌキとかの小動物の数が激増して、普段なら群れで狩りなんてしない生態なのに、協力して大型の獲物を狩り始めてたんですよ。


…今思えばあの頃から、何かが始まってたんだと思います』



『えぇー!そんなに前からだったの?そんな事ニュースで見た事なかったわ』



驚く君江に、裕太は苦笑する。



『むしろ“豊作だ”ってニュースばっかりでしたよね。虫害や獣害で壊滅的だろうって言われてたのに、なぜか作物の実りがそれを上回ったり。


水揚げも過去最高で、庶民は“安くてうまいものがたくさん並ぶ”って大喜びって感じのニュースが中心でしたね』


『そうそう!サンマが久々に安かったから、私もつい買い込んじゃって。家庭菜園も虫に食われてたのに、いつの間にか元通りになってたのよ!』


君江が笑って振り返る。


その話を聞いていた清次は、ふと思い出した出来事を口にした。



『……そういえば一昨年、警察にも妙な指令が来てましたね』



『指令?なんですかそれ?』



克俊が眉をひそめる。



『今となってはもう時効というか、世の中こういう状況なんで話しますけど…


一昨年、IR法案関連の視察として世界各国の政府要人や経済界のVIPが大勢来日したんですよ。


で、上からの指示でその警護をテロ対策訓練の名目で全国でやれって。


関係ない地域課まで駆り出されたって署の人間がぼやいてましたね』



『大勢って、どれくらいですか?』




裕太が問いかけると、清次は声を落とした。



『噂じゃ……2000人以上とか…』



『2000人!?』



君江が思わず叫ぶ。



『ええ。全国の候補地を回って、最後は北海道に来たんです。

視察が終わったらスキーリゾートに滞在して帰国――そういう予定だったみたいですよ』



『かぁー!金持ちは気楽でいいね。今頃どっか安全な場所に籠ってるんだろ』



克俊が吐き捨てるように空を仰ぐ。



裕太も肩をすくめて笑った。



『シェルターぐらい持ってるでしょうしね。コネだって山ほどあるだろうし』



清次が声を潜める。



『でも、実は“帰国してない”って噂もあったんですよ』



『はぁ!?どんだけスキー好きなんだよ。いくらなんでも春までには帰るだろ』



克俊が吹き出す。



だが裕太は真剣な顔で清次に身を乗り出した。



『いや…確かに。もしかしたらあり得る話かもしれないですね。

ちょうど去年の春くらいからじゃないですか?バードストライクや帰ってこない船の話題が出始めたのって…』



『そこなんですよ。克俊さんの言う通り、いくらなんでも春までには帰るとは思いますが、もし帰ってなかったとしたら…


金持ちたちは一体どこに消えたんだって話なんですよ。


わざわざ警察に護衛を頼んで日本中を巡ったのに、帰りの護衛は必要ないっていうのはおかしな話じゃないですか?』



『帰りは民間警備に頼んだとか、プライベートジェットで帰ったとかじゃないんですか?』



克俊はあきれ顔で吐き捨てる。



『じゃあなんで最初からそうしなかったんですかね?』



裕太が食い下がる。



『知るか!金持ちに聞けっての!』



口論めいたやり取りが続きそうになった時、運転席から浩平の声が飛んだ。



『おーい!もうすぐ着きますよー!』



その声に反応して君江が手を叩いて場を収める。



『ほらほら、お金持ちの話はおしまい!降りる準備して!』



『はーい』



三人が子供のように返事をすると、母親たちが堪えきれずに笑い声を漏らした。



こうして一行は、市街地郊外の住宅地にたどり着いた。

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