第6話 間宮陶子の趣味

 「コレクションは2階よ。」

  

 陶子は部屋の隅にある扉を開け、その先の廊下へと浩介を案内した。

 それは二人が並んで歩くのに十分な広さで、玄関から真っ直ぐ、建物の奥に向かって続いており、終わりには今しがた潜った物と同じような扉がついている。

 窓からは外の景色が見えた。

 囲いの内側は、どうやら庭になっているらしい。

 また廊下に面した壁には幾つか扉が付いている。


 「1階はさっき居た元接客フロア、まあ店舗ね。それと暗室を含む写真作業を行う部屋。今はもう使ってないけれど。後は生活の為の設備があるわ。」

 

 一通り説明はしてくれるがルームツアーをする気は無いらしく、陶子は他のものには目もくれずに奥の扉へ向かう。

 ノブに手を掛け、ゆっくりと開いた。

 中は真っ暗だ。だがこちら側から射しこむ光で、階段がある事は分かる。これが2階に繋がっているのだろう。


 「く、暗いね。」

 「窓が無いから。」


 陶子は壁際に手を伸ばす。

 パチン、という音とともに、室内が明るくなった。

 そこは吹き抜けの階段室だった。

 彼女の云う通り窓は全くない。

 高い天井から吊るされた大きな照明から出る光が、辺りを照らしている。

 階段は大振りの木製で、踊り場を挟んで2階へ続いている。

 二人は何方からと無く、階段を登り始めた。

 行きついた所は、また扉だった。

 だがそれは今までの物とは大きく違っている。

 全体に一回り程大きく、色も黒っぽい。

 ノブも、その下の各座にも彫金が施されている。

 よく見てみると、ドア全体にも何かが彫られているのか、薄く模様のようなものが見える。

 陶子はいつの間にか取り出した銀色の鍵を鍵穴に差込み、一気に回した。

 無言のまま扉を開く。

 それは印象とは異なり、軽く、音も無く開いた。

 室内は、先ほどの階段室と同じく真っ暗だった。

 こちら側の光は先程の陽光と違って弱く、室内を窺う事は出来ない。

 だが、広い部屋には違いない。

 何処からか、微かな風鳴りが聞こえる。

 

 「中は真っ暗だね。電気を点けてくれないかい?」

 「先ずは、入って。」


 暗がりの中、室内へ進むよう陶子は促す。

 仕方なく浩介は、闇の中へ一歩踏み出した。

 その背後でバタンと扉が閉まる音がして、唯一の外光が遮断された。

 もう自分の鼻先も見えない。

 

 「流石にこれじゃ」


 何も見えないと文句を言おうとした瞬間、徐に照明が点いた。

 

 「っ・・・・!」


 思わず息を吞む。

 目に飛び込んで来たものは、写真だった。


 写真。写真。写真。写真。


 決して明るいとは言えない照明の下に浮かんだ、壁。その一面に貼られた写真。

 様々なサイズの写真が、几帳面に並べて貼られている。

 見回せばほぼ全ての壁に、写真はあった。

 目の前のそれに近づき、1枚の写真を見る。

 拓けた所に立つ、大きな木を写していた。

 そして傍らの、灰色の人影を。

 スーツのようなものを着た、男性だろうか。

 まるでピントが合っていないかのように、ぼやけてる。

 隣の写真は、何処かの室内を写したものだろう。

 ものだろうというのは、室内かどうか判別が難しくなるほど、紅い女性の顔が写真一杯に移っているからだ。

 怒りとも苦悶とも取れる、それは表情だった。

 更に写真を追って視線を下げた時、ある事に気付いた。

 目の前のそれは壁では無い。これは・・・


 「パ、パーテーション?」

 

 そこから奥へ視線を遣ると、その先にもパーテーションが並んでいる。

 思わず生唾を飲み込み、息をつめて押し黙る。

 微かな風鳴りが、再び耳についた。


 「2階はこの一部屋だけ。スペースを効率的に使う為パーテーションを建て込んでるの。」

 「一部屋だけ・・・・・」

 「窓は全て塞いである。外光を遮断して写真の劣化を防ぐ為に。勿論温度と湿度も管理している。」

 

 風鳴りの原因は空調機か?

 何だろう? 気分が悪い? 悪寒って言う奴か?

 耳鳴りがするような、軽く頭痛がするような・・・

 この風鳴りは何処から来ている? 耳障りだ。

 

 「ここにあるもの、これ全部心霊写真なのかい? これ全部がコレクション?」

 「・・・昔、」

 「何?」

 「写真に撮られると、魂を抜かれると信じている人達が居た。」

 「・・・何の話だい?」

 「人形でも、精巧に人を模した物には魂が宿るとされている。そこから姿形を正確に写し取る写真に撮られてしまう事で、そちらに魂が移ってしまうと考えたのね。」

 「そんな迷信、あったな。」

 「すべてが迷信という訳でもないわ。」

 「本当に写真に魂が宿る、と?」

 「霊なんて、曖昧な存在よ。実存と非実存の淡いを漂っている。」

 「・・・・・」

 「その霊を写真に撮る事で、より確固たる存在にする。」

 「・・・・・」

 「これは強い念が無ければ成立しない。弱い霊の弱い念は、結局写らないの。デジタルデータになったとしてもまだ不完全。写真として、確固たる物理的物体にする事で、霊を実存へ固着させる。その過程に堪え得る『強力な霊』が私のコレクション対象。『強力な霊』が写った『強力な心霊写真』が。」

 「・・・・・」

 「ここにあるものは全てそう。後ろを見て。」


 陶子が指差した方には、小さな丸テーブルが置いてあった。

 そこには写真立てが置かれている。

 浩介はテーブルに近づくと、写真立てを手に取った。

 室内の写真だ。どこかで見たような気がする。

 写真の中央にはきちんとした身なりの老人が立っている。

 どうという事は無い写真のはずだが、浩介は何処か息苦しさを覚える。

 何だろう?

 老人の体が、微かに透けている事以外は、特に問題は無いのだが。

 

 「御爺様よ。ここで撮影したの。私が。」

 

 浩介は驚いて写真を見直した。


 「私の、私の手になる最初のコレクションよ。」


 写真立てを置いて、浩介は陶子を見た。

 彼女は、笑っていた。穏やかな笑顔。

 だが彼は、その笑顔に恐怖を覚えた。

 再び風鳴りが聞こえる。

 いや、そうか。

 これは風鳴りじゃないのか。

 これは、ここにある、いや、ここに霊たちの・・・・・


 「はっきり伝えて無いから勘違いしていると思うのだけど、私の趣味は『心霊写真を撮る』事ではないわ。」

 

 陶子はゆっくりと浩介に近づいた。

 笑みを消し、彼の目を覗き込む。


 「私の趣味は、『写真で心霊を捕る』事なの。」

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