第7話 約束

 「写真で・・・心霊を・・・捕る?」

 「そう。霊を、念を写真として、物理的な実存として固定し、此処へ集約する。それが私の趣味の実像。」

 

 一瞬、気が遠くなる。

 気分は未だに悪い。

 頭痛に加えて吐き気も感じる。


 「何だって、そんな事をしてるんだい?」

 「趣味だからよ。」

 「聞き方が悪かったな・・・。何だってそんな趣味を持ってるんだい?」

 「御爺様から、」

 「引き継いだからか。じゃあ聞き方を変えるよ。君のお爺さんは、何だってこんな趣味を始めたんだ?」


 陶子は顎に手を当てた。

 思案しているのだろうか。


 「そうね、無いんじゃない? 理由なんか。」

 「理由が無いって・・・・。」

 「趣味って、そういうものじゃないかしら。」


 そう、かもしれない。


 「出ましょう、気分が悪そうだわ。」

 「ああ・・・。」


 もう一度室内を見回す。

 どのぐらいの枚数の心霊写真があるのだろう?

 どれだけの念が捕らえられているのだろう?

 こんなを、間宮陶子は一体どうする気なのだろう?


 階段を降りる頃には、不調は噓のように消えてた。

 最初に入ったフロアに戻ると、陶子は少し待つように伝えて、扉の奥へ入っていった。

 椅子に腰を下ろし、改めて室内を見る。

 ここだけ見れば、本当に良い感じのレトロやな写真館だ。2階とは空気感からして違う。あそこだけが異質なのだ。

 やがて陶子はトレーにティーカップを載せて戻ってきた。

 浩介の前に、湯気の上がるカップが置かれる。

 紅茶ではない。ハーブティーだ。恐らく、ラベンダーだろう。


 「どうぞ。時期的には冷たいものを出すべきところなのだけど、温かいものが良いのじゃないかと思って。」

 「・・・そうだね、有難う。」


 浩介が少しお茶を飲んだのを確認すると、彼女は座りなおすように少し身動ぎした。


 「関君に、お詫びしないといけない事があります。」


 少し改まった物言いだ。


 「お詫び?」

 「貴方を此処へ連れてくる事になったのは、偶々じゃない。意図してこうなるように仕向けた。」

 「・・・どういう事?」

 「普段出ない打ち上げに出て一人で座っていれば、場に馴染ませようと私の所に来ると思ったの。貴方の事だから。」

 「・・・・・」

 「私から反応を引き出そうと、色々な話題を持ち出すだろうと。そうなれば、高確率で趣味の話題が出るだろうと。」

 「・・・つまり、最初から僕にあの『コレクション』を見せるのが目的だったわけか。」

 「そう。」

 「でも・・・何故?」

 

 陶子は少し身を乗り出して、浩介の目を覗き込む。

 ついさっき、二階でしたように。


 「きっと、貴方なら私の助けになると思ったから。」

 「助け? 何の?」

 「貴方、心霊写真を撮りたいって、言ってたわね?」

 「ああ。」

 「それって『興味本位』以上の理由があるわよね?」

 「・・・・・」

 「だって、いつもそうだもの。私、見ていたの。貴方が心霊スポットで時折見せる表情。心霊写真を撮ろうとしている時、撮った画像を確認している時、結果に失望を感じている時。貴方の顔が、目が、感じさせるの。強い『念』を。」

 「・・・・・」

 「貴方は心霊写真に対して、心霊写真を撮る事に対して、何か強い執念を持っているわ。それが、貴方をここへ連れてきた理由。」

 「・・・・・」

 「どうして、貴方はそこまで心霊写真に拘るの?」

 「それは・・・撮りたい心霊写真があるんだ。」

 「どんな?」

 「・・・・・」


 浩介は気圧されたように少し身を逸らす。


 「・・・君の、君たちの趣味に、本当に理由は無いのかい?」

 「・・・・・」

 「それとも、何か言えない理由があるとか?」

 「・・・成程、言いたくないわけね。」

 「・・・お互い様、ってトコかな。」

 

 陶子は背筋を伸ばすと、カップに口を着けた。

 ほんの、湿す程度だ。

 

 「いいわ。貴方の事情はこの際関係ない。その心霊写真への執念を見込んで、お願いが二つあります。」

 「何、かな。」

 「一つはさっき言った事、私を助けて欲しい。より具体的には、私の趣味に協力して欲しいの。」

 「趣味に協力・・・・・。」

 「私が様々な場所に赴き、心霊写真を撮る際に同行して助手を務めて欲しい。貴方は車も持っているから、移動面でも好都合だわ。それに心霊写真自体に執着があるから、安易に拒否したり、否定したりしないでしょ?」

 「そうだね、そうかもしれない。」

 「それにね、私に同行していれば、いつか貴方にも霊感が付くわ。心霊写真だって撮れるようになる。」

 「!! 本当かい?!」

 「ええ、私がそうだったもの。」

 「君が?」

 「私、霊感なんて全然無かったのよ。御爺様の趣味に同行する内に、いつしか身に付いたの。写真も撮れるようになった。貴方も私に同行すれば、きっとそうなわ。」


 願ってもない。

 彼女と心スポ巡りというのは色々な意味で気が滅入るが、心霊写真をものに出来るのなら、なんて事は無い。


 「もう一つのお願いは?」

 「この先、私が死んだら・・・、その頃関君にも心霊写真が撮れるようになっているのが前提だけど、此処で、私の写真を撮って欲しいの。」

 「ええっ?」

 「何処で死のうが、どんな理由で、どんな死に方をしようが、私は此処にわ。だからここで私を捕って欲しい。そしてそれを、」


 陶子は笑顔を浮かべた。

 今までのどの笑顔よりも穏やかで、親しみさえ感じさせる笑顔だった。


 「貴方のコレクションに加えて欲しいの。」


 

 

 

 


 


 

 

 


 


 

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