第5話 星野写真館
浩介はただ黙って運転を続けていた。
喫茶店を出発して、どのくらい経っただろうか。
後部座席の陶子は、無言で窓の外を流れる景色を眺めている。
二人の間に会話は無い。
沈黙に耐えかねてラジオを点けようとしたら、彼女に止められた。
その際の、
「ラジオは付けないで。」
「あ、分かった。」
が、ここまでで殆ど唯一の会話だ。
こんな静かな事ってあるか?
僕一人でドライブしてても、もう少し何か喋ってるぞ?
彼女の前では、独り言すら出て来ないようだ。
ナビを見る。目的地までは後30分程度。
あと半時間もこの沈黙が続くのか?
流石にもう一寸何とかならんものか?
更に帰りの事もある。行きと違って盛り上がる、なんてあり得るか?
間宮陶子と、彼女の持つ心霊写真を見に行くのに?
思わず眉間に皺が寄る。
「ごめんなさい、ラジオが嫌いなわけじゃないの。」
浩介の不機嫌そうな空気を察したのか、あるいはミラーで表情でも見たのか、おもむろに陶子が謝罪した。もっとも、顔は窓に向けたままで、誠意は感じられない。
第一不満なのは長い沈黙であって、ラジオの扱いに関してはどうでも良いのだ。
「車の音が好きなの。ラジオを点けると聞き辛くなるから。」
「走行音?」
「いえ。車が走る時に出す音全て、かしら。」
「自分で免許、取らないの?」
「向いてないから、運転。」
向いてないって何だ? 免許取ってないのに何で分かる?
余計な疑問が即座に湧くが、あまり深く考えない事にした。
まあ、向いてないのだろう。それより会話が出来て良かった。
彼女と一緒にいると「良かった探し」が出来て良いかもしれない。
結局その後は特に会話もなく、やがてナビは目的地への到着を告げた。
「此処で、合ってる?」
「ええ、合ってるわ。」
そこは僅か5台分のスペースがあるだけの小規模な駐車場だった。
地面に白線が引かれ、番号が振ってある。1番から4を飛ばして6番まで。
4番が無いというのは験を担いでいるのだろうか。
今は一台も停まっていない。
特に指定はされなかったが、一番奥の6番に車を停める。
「停めて・・・良いんだよね?」
「ええ。何処に止めても大丈夫よ。」
陶子はいつもの小さな手提げ鞄を手にすると、ゆっくりとドアを開けた。
何処に止めても良い、という事はこの駐車場自体が目的地に関連した私有地なのだろう。
駐車場付属の施設。マンションかアパートの、所謂集合住宅の類か。
それとも商売でもやっているのか。
「これから行くのって、間宮さんの自宅・・・・じゃないよね?」
「ええ。学校からこんなに遠かったら、流石に転居するわ。」
駐車場からほんの少し歩いた所で、彼女は足を止めた。
目の前には、古風な建物が立っている。
一軒家としてはやや大ぶりな木造建築。外から見るに、二階建てのようだ。
明治や大正を舞台にした映画から、そのまま運んできた来たような、レトロな佇まい。ざっと見た感じでは汚れも傷みも無く、良く手入れされているようだ。
物凄くマメな女将さんの居る、田舎の旅館みたい。但し温泉の無いヤツ。
浩介の抱いた第一印象は、そんな感じだった。
こういう建物は嫌いじゃない。
「ここには、私の御爺様が住んでいたの。」
「住んでいた・・・。過去形だね、今は住んでないんだね?」
「・・・・・」
ちらりと横目で見ると、陶子は目を少し細めている。
時折浩介に向けられるそれとは、少し違っていた。
悲しんでいる、ように見える。
僅かの間の後、浩介の問いには答えないまま、彼女は建物へと近づいて行った。
慌てて後を追う。
玄関の前で、陶子は鞄の中から大きな真鍮の鍵を取り出した。
鍵穴に差し込んで廻すとガチャリと重々しい音がする。
ふと見ると扉の横に、大きな木の掛札があった。
達筆な字で何か書かれている。
「星野・・・写真館・・・。」
「どうぞ。入って。」
中から促されるまま、浩介も玄関を潜る。
室内も、外観に負けず劣らず趣のあるものだった。
年季を感じさせる木色のカウンター。
背が高く、小さな引き出しが沢山ついた物入。
窓際には丁寧な細工の施された丸テーブルと、向かい合って配置された椅子。
壁の時計は、浩介が知るどの同種の物よりも大きな振り子音をさせている。
壁には幾つかの写真、時代を感じされる服装髪型の人物写真が、額装されて掛けられていた。
陶子は浩介に椅子を進めると、自分もその向かいに腰を下ろす。
「さっき看板を見た?」
「うん。」
「そこに有った通り、元は星野さんが営んでいた写真館だったの。」
「星野写真館か。」
「廃業される際に御爺様が買い取ったのよ。私が小学生の頃だった。」
「買い取った。」
「趣味の為にね。」
「それって、もしかすると・・・・」
陶子は軽く頷いた。
「心霊写真。元々は御爺様の趣味だったの。私は御爺様の後を引き継いだのよ。」
「趣味を・・・引き継ぐ・・・」
「何時から御爺様が心霊写真を趣味にしていたのかは分からない。でもこの写真館を買った頃に、御爺様はそれまで手掛けていた事業を全て父に譲って、自分は隠居同然でここに移り住んだの。」
愛おしそうに辺りを見回す。
「私は高校生になった頃に、初めて御爺様の趣味を知ったわ。そしてお手伝いをするようになった。」
「・・・・・」
「今は私が御爺様の趣味を引き継いで、心霊写真を集めている。」
「ここにそれが?」
「ええ。」
陶子は静かに立ち上がった。
「ご案内するわ。私たちの、コレクションに。」
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