5-1.春の日に


  一



 桜が咲いて舞う、ある春の日。秋穂は告白された。

 相手は冬の初め頃に連絡先を交換した男の子。あれからずっとメッセージでのやりとりを行っていて、昨日『放課後に学校近くの河川敷に来てほしい』と言われてやってきた。そして好きです、と告白をされたのだ。

 秋穂は自分がそんな風に思われているなどと考えもしなかったので、心底驚いてしまって声が出なかった。どうしようかと考えていると、相手の男の子から「返事はまた今度でいいから」と言われて、男の子は去ってしまった。

どうしよう。どうもこうも自分には恋人がいるので断るしかないのだけれど、この状況は初めてだったのでどう対処するのが正解なのかわからない。

 愛衣に相談しようかと一瞬思ったが、それはなんとなくよくない気がして、秋穂は違う人物に相談をすることにした。メッセージアプリを開いて『今、大丈夫?』と送る。

『大丈夫だよ どした?』

 美月からメッセージが返ってきた。秋穂は告白をされたこと、自分には恋人がいるからと断りたいが以前尋ねられた時にはいないと答えたこと、どう断るのが正しいのかわからないことを書いた。少ししてから返事が返ってくる。

『素直に言うのが一番かね』

『素直に、あの時はいなかったけど今は恋人がいるからダメって言って大丈夫かな?』

『大丈夫だと思うけど、まあこういうのって正解とかないから、どう思われるかは難しいところだよね』

 正解がない、と言われて秋穂は困ってしまう。臨機応変に対応する、ということがあまり得意な方ではないので、正解がない問題は秋穂にとってより難しい問題だった。

 返事が遅れずにいると、美月が続けてメッセージを送ってくる。

『もしもそいつが秋穂のこと逆恨みしてくるようだったら、私が灸をすえてやるからさ 自由にやんなよ 大丈夫』

 なんて心強い味方だろうか、と秋穂は泣きそうになってしまった。自分にこんなことを言ってくれる友人ができたことが、それを伝えてくれるのが本当に嬉しかった。


 翌日の朝、秋穂は放課後に同じ場所に来てほしいと、男の子にメッセージを送った。秋穂は先に来て待っていた。少ししてから男の子がやってくる。秋穂を見つけると小走りで近くにきた。

「待たせてごめん」

「ううん、まだ全然待ってないから大丈夫」

 二人の間に緊張した空気が流れる。秋穂は目を泳がせていたが、きちんと伝えなくては、と覚悟を決めて男の子の方に目を向ける。

「その、前は恋人がいないって言ったんだけど、今はいるの。だから、気持ちに応えられなくてごめんなさい」

「えっ、今恋人がいるの? ……どんな人?」

「え」

 そんなことを聞かれるとは想定していなかった秋穂は、つい驚いて黙り込んでしまう。相手の男の子は黙って秋穂の言葉を待っていた。だから、秋穂も真剣に返そうと、少し考えながらゆっくりと愛衣のことを話す。

「私のことを尊重してくれて、私の考えを否定しないでくれて」

 初めて会った時からずっと、愛衣は秋穂のことを否定しないでいてくれた。ずっと、秋穂の考えを尊重してくれている。

「一緒にいると笑顔になれて、明るい気持ちになれて」

 暗い森に光を差してくれた。秋穂の森を、明るくてキラキラと輝く美しい森にしてくれた。

「私のことを一番大事って思ってくれて、私も一番大事って思える相手で」

 そんなこと初めて思ってくれた相手で、初めて思った相手で。

「とても、大切な人です」

 この世界で何よりも大事な人だと、心から思える相手だった。

 男の子は何かを言いかけて口を開いたが、きゅっと口を一度結んで、それから笑って言った。

「そっか。わかった。ありがとう」

 彼の笑顔はとても寂しそうだったが、秋穂はこれ以上言えることが何もなくて、彼がいなくなるのを黙ってみていることしかできなかった。彼がいなくなってから、桜の下で秋穂は考える。素直に伝えるべきだとアドバイスをもらい、自分もそうするべきと納得したから素直に伝えたが、彼を少しでも傷つけないようにできただろうか。



  二



 この日は曇っていて、少し部屋の中は暗かった。しかしそんなことは気にならないくらい、秋穂にはその部屋が輝いて見えた。

「あたし、あんまり片付け得意じゃなくってさ〜」

 秋穂は今、愛衣の部屋を訪れていた。部屋の中は大小さまざまなぬいぐるみが所狭しと置いてあり、とても賑やかな部屋だと秋穂は思った。

「ぬいぐるみたちがたくさんいるね、すごく賑やか」

 大きなクマ、小さなネコ、ベッドの枕元に座っている犬。たくさんのぬいぐるみに囲まれて笑っている愛衣が簡単に想像できる。

「あの雑貨屋さんの子たちが多いけど、そこ以外の子もいるんだよ〜」

 へへ、と愛衣は照れて笑いながら言う。すごいね、と秋穂は言いながら手近にあった手のひらサイズのクマに触れる。

「わ、この子、すごく手触りがいいね。この子はどこの子なの?」

「この子は通販でお迎えした子だね、このクマ道楽っていうとこの子なんだけど」

 愛衣がスマートフォンの画面を秋穂に見せる。触れたクマと同じデザインのぬいぐるみもいれば、耳の形や色の違うぬいぐるみたちもいる。

「他にもこの子もここで買った子たちだね、あとこの子も〜」

 合計で四個のぬいぐるみが目の前に並ぶ。どのぬいぐるみも手触りがとても良かった。さらさらでふわふわでもちもちしている。ずっと触れたくなる感触だ。

「今度、私もそこで愛衣と同じデザインの子をお迎えしようかな」

 三番目に紹介された、抱きしめるのにちょうどいい大きさの、青いクマのぬいぐるみに触れながら秋穂が言うと、愛衣が腕を振り上げて喜んだ。

「やった〜! おそろいだね!」

 いつもの、にひひといたずらっぽい笑顔をする。この笑顔がとても好きだな、と秋穂は思いながら笑顔を返した。



  三



「おじゃましま〜す」

 愛衣が部屋の奥に伝えるように言う。実際部屋の奥には誰もおらず、部屋の主は愛衣の目の前にいる。

 愛衣は、秋穂の自宅へとやってきていた。玄関はさっぱりとしていて物がなく、自分の家とは大違いだなと愛衣は思う。

「うん、いらっしゃい」

 秋補はふわりと笑って愛衣を迎える。「あんまり片付いてないんだけど」と少し困ったように笑う秋穂に、愛衣は自分の部屋よりも絶対に片付いていると確信していた。

 部屋に入ると、全体的に物が少なく、ベットはきちんと整えられており、一番ちらかりそうな机の上も文房具がすべてまとめられて、教科書や参考書はきちんと並べられてブックエンドで留められている。

 片付いていない要素が一つもない部屋を、あまり片付いていないと表した秋穂に、一体彼女は何を言っているのだろうと、つい訝しげな目を向けてしまう。

「めちゃくちゃ片付いてるじゃん。すご」

「たぶん物がないだけだよ」

「あたしだったら机の上とかぐっちゃぐちゃにしてるもん、すごいよ」

 あまりに綺麗な部屋だからと、つい凝視してしまう。そしてふと、一つのぬいぐるみが目に入った。

「あっ! この間雑貨屋さんで買った虹色パンダちゃんだ!」

「うん、触り心地が良くて気に入っててね、座椅子に座っている時にいつも膝の上に乗っけてるの」

 ベッドの方へと目をやると、最初は気付かなかった青いクマが掛け布団をかぶっていた。

「あっちには青クマちゃんだ!」

「私もお迎えしてみたの。やっぱり触り心地が良くて、抱きしめて寝ると安心して眠れるの」

「……抱きしめて寝ると」

 ふうん、と愛衣は拗ねた顔をする。ん、と言って両腕を広げた。秋穂は意図が読めずに首をかしげる。

「寝る前じゃないけど、あたしを抱きしめるのもおすすめですよ」

 顔を赤らめ、頬を膨らませて愛衣が言った。なるほど、青いクマに嫉妬心を抱いたのか、と秋穂は納得した。かわいらしい嫉妬だなと、秋穂はその提案に乗ることにした。

「ふふ、それじゃあ抱きしめさせてもらおうかな」

 秋穂はスッと愛衣のそばに近寄り、広げられた腕の中に入る。そのまま愛衣の後ろに手を回してぎゅうと抱きしめる。二人の顔が近付き、頬と髪が触れる。さらさらとした髪の感触と体に伝わる温かさに、ああ目の前に愛衣がいるんだなと、秋穂は実感して嬉しくなった。

 愛衣はというと、自分から誘っておいて気恥ずかしくなり、体が固まってしまった。それでも抱きしめてくれた秋穂に愛しさと嬉しさが募って、そっと秋穂の後ろに手を回した。

 お互い抱きしめあってそっと離れて目が合うと、恥ずかしくなって二人して笑い合った。

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