第二章 第四節 軍馬①

 三郎の目論む「軍馬」をそろえるためには、まず地元の人間が馬を使うよう仕向けねばならない。幸いなことに、山道に強い馬だ。何を運ばせるのかを考えれば、あとは商人を焚き付けてしまえばよい。勝元は、久しぶりに治平を使うことにした。市場に使いをやって治平を呼び寄せると、勝元は世間話もそこそこに切り出した。


「治平、今おまえが商っている品はいくつある?」

「いくつと申されましても……まだ足りないものがございましょうか」

「欲がないのう。手広くやろうとは思わぬのか」

「もちろん、たくさんの荷が運べれば儲けは増えまする。ですが手前どもは山と麓との行き来で商っておりますゆえ、運ぶには人手が要るのでございます」

「……馬は、どうじゃ? まずは櫛間の衆とつないでやるゆえ、育て方を工夫してみてはどうじゃな」

「育て方……でございますか」

「育て方を工夫すれば、馬の育ちも変わるであろう。山の衆とつながっておる分、いろいろと融通が利くのではないかの」


 しばらく思案していた治平は、また伺いますと言い残して屋敷を出て行った。勝元の言葉は、三郎の意をくんでいる。治平が馬の育成を考える中で、鳳介や山の衆とつながろうとするのは、むしろ自然な流れだった。


 当時、馬の飼育は櫛間の農民が各自で行っていた。それぞれの馬が育つのを待って買い求めるのは、いかにも効率が悪い。櫛間に生まれた勝元は、馬を山中で放し飼いにできないかと考えたのだ。鳳介の住む山は、使えるのではないか。山に住む杣氏や木地氏を取り込めば、山間で馬の放牧ができるのではないか……。


 山を切り開く手間がかかるのは、もちろん分かっていた。だが時間をかけて少しずつ進めれば……他の商人をを出し抜くことも可能になる。出し抜くことができれば、伊納三郎だけでなく、自らの利益にもなるはずだ……。


 ここまで考えた治平は、踵を返した。思いついたことを伝えたいがために、思わず小走りになる。三郎の屋敷に辿り着き、呼吸を整えた治平は、声を張った。

「もうし、もうし……勝元様はおられませぬか」


 しばらく勝元と語り合っていた治平は、翌朝、三郎の屋敷に来ていた鳳介に声を掛け、共に山へと向かった。鳳介の父・甚助を介して、山で暮らす者たちの協力を得ようというのだ。弁の立つ商人である治平は、少しずつ協力者を増やしていった。


 一方、鳳介の生活には変化がなかった。早朝に鳳迅の庵で稽古し、燻製肉を三郎の屋敷に卸す。時折寄り道しては、甚助や他の杣人に頼まれた買い物を済ませる毎日だった。治平は護衛を雇って定期的に山を訪れているらしい。少しだけにぎやかになった山里に気付いた鳳迅から訪ねられると、鳳介は治平が来ていることを伝えた。

「何でも、馬を育てるとか言われておりました」

「どのあたりで育てるのじゃ?」

「東側の中腹あたりのようです。斜面で育てると、足腰の強い馬になるそうで……。三郎様の郎党も、一枚かんでおられるそうです」

「修験者の修行に、障りはなさそうじゃな」

「父も、品物を売るのに手間がかからなくなりそうです。治平さんたちが近くまで来てくれますゆえ……」

「なるほど、道理であるな。だが、余計な手出しをする者が出てくると、面倒なことになりそうじゃ」


 政治に疎い鳳介には、分からなかった。だが、大陸で軍馬を見てきた鳳迅には、鳳介とは違う未来が見えているらしい。この日のことを、後の鳳介は後悔の気持ちと共に思い出すことになる。治平や鳳迅のことを思い出しながら、何回も、そう、何回も……。だが、このときの鳳介には、知恵も力も足りていなかったし、今更治平を止めることなど、できない相談だった。

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風の鳳介 西久史 @nishihisashi

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