名誉お姉ちゃん


 突如始まった大捜索はとてつもなく難航していた。具体的に言うと、もう捜索から3時間くらい経ってる。その間に何回も家に帰ってスマホが無いか確認したし、今日歩いた道も何回も探した。なのに、無い。

 私は頭を抱えた。お母さんに怒られると言う焦りも勿論そうだが、途中からは先輩達が探してくれている罪悪感のほうが今は理由になっている。

「んあ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ない!!!!」

「あ〜、ないねぇ〜。」

 太陽が真上に来たくらいの時間。私と音坂さんは通学路に座り込んでいた。夏の暑さと見つからない鬱憤、そして疲労が混ざり合って怒りが込み上げてくる。スマホを探すにあたって、2人一組の班を組んで私が通った場所を探してもらっているのだが、まるで成果は上がらない。私とは対照的な音坂さんは立ち上がって何処からか買ってきていたサイダーを喉に流し込んでぷは~と一息ついていた。いいな、私も一杯欲しい。

「う〜〜〜〜なんでぇ〜〜〜〜。」

「まぁまぁ、存在自体が無くなった訳じゃないんだし、その内見つかるって。」

 そんな楽観的な事言われても全くもって励ましにならない。でも探してもらっている身なので何も言えない。はぁーーとでっかい息を吐いて何処かの家の塀に体を預ける。

「ホントにあるのかなぁ…。」

 最早そこすら不安になってきた。こんなに探しても無いなんてもしかしてこの世から存在自体が消えてしまったのでは無いだろうか。ツーっと頭から汗が滴り落ちる。

「は!もしかして…盗まれた?」

 最も最悪な状況が頭をよぎって、思わず口にした。

「大丈夫だって。ほぼ100%財布が戻って来る国だよここは。」

「そんな事言われても…。」

「あ!!」

「なに!?」

 突然上げられた声に思わず体が跳ねる。何かと音坂さんを見上げると歓喜に満ちた顔で口を開いた。

「交番にあるんじゃない、スマホ。」

「…あ!!」

 交番。確かに盲点だった。誰かが見つけていたら交番に届けていてもおかしく無い。でも無かったら…そう考えてしまって思わず目を伏せる。

「行ってみようか。」

「…うん。」

「大丈夫。有るから。」

 私の不安を見抜いてか、すかさず言葉を掛ける音坂さん。でも、もし無かったら、そうしたら本当に終わりだ。

「ほら、そうと決まったら。」

 目を上げると音坂さんは私に手を差し出していた。不安で重たい腕をゆっくりと上げて、その手を取り立ち上がる。

「はぁ……サイダー飲む?」

「飲む!」

「可愛い。」

「可愛いって言うな!!」


            ○


 燦々と照らす太陽の下、ミンミンと甲高く鳴くセミが鳴く中、私と音坂さんは交番へと足を進めていた。

「…音坂さん。」

「なに?」

「なんで私達は手を繋いでるの?」

「桜さんが迷子になったら困るでしょ。」

「私幼稚園児じゃないんだけど!」

 手を振りほどこうとしてみるけど何故か頑強に握られていて振りほどけない。うーっと喉を鳴らしながらほっぺを膨らませる。

「可愛い。」

「だから可愛いって言うな!」

 結局手を繋がれたまま進むことになる。通りすがる人々に一体どんな目で見られているのかが気がかりだが、離してくれないんだからしょうがない。

 とはいえ、なんでこんなことをするかは何となくわかっていた。きっと私の気を不安から逸らすためだろう。

「…。」

 それを思うと自責の念に駆られる自分が居る。弱い自分を慮ってこんな風に手を握ってもらって、なんだか情けない。やっぱり音坂さんは優しい人だ。

「ほら、あれ交番じゃない。」

 そう言って指を指した先には交番らしき建物が立っていた。

「おおー。」

 実のところ、交番には来たことがない。目にするのも今日が人生初だ。そんな人生で初めての交番は、特に威圧感があるわけでも、特別感を感じるわけでもない。白い壁に赤いランプのついた建物は、この街の風景に溶け込んでいるようだった。

「お邪魔しまーす。」

「お、お邪魔します。」

 特に躊躇もなくガラス戸を開いて入る音坂さんに引っ張られながら、私も中に入る。中年くらいのお巡りさんが椅子から立ち上がり、受付についた。

「スマホの落とし物って届いてませんか。」

 口から自然とその言葉が飛び出した。密かに頭の中で練習していたからだ。強く脈打つ心臓に、握りつぶされるみたいに締め付けられる胃、あってくれという願いが脳内を支配する。

「あぁ、届いてますよ。色はピンクですか。」

 その言葉を聞いたとき、私は一瞬立ち尽くした。そして、ジワジワと喜びが溢れて出してきて、顔には笑みが徐々に戻っていく。

「はい!そうです!」

「ほらね、あったでしょ。」

 そう言った音坂さんの方を見ると、ニコッと明るい笑顔を作って私を祝福してくれていた。


           ◯


「はぁー…よかったぁ。」

 群青の空の下、私達は公園のベンチに座っていた。スマホがあったことへの安堵に私は浸りながら離すまいとスマホを胸に押し込める。

「心配ないって言ったじゃーん。」

 おどけてそう言う音坂さんに笑顔を向けた。

「本当に、心配要らなかったね。」

 心配が晴れた今では手を繋ぐ必要も無くなっていた。

「あ、そうだ。先輩たちに見つかったこと知らせないと。」

「あ!そうじゃん!どうやって知らせたら…。」

「大丈夫大丈夫、今は便利な時代だからね〜。ラインでメッセージを送って、はい、おわり。」

「ええ!?」

 サササッとスマホを何度かタップしたかと思えばもう報告が終わったらしい。私が考えていた何倍も早く終わった情報共有に思わず驚愕の声が出た。家に戻ってみんなに電話をかけて…と考えていた私が馬鹿みたいだ。改めてスマホというものの利便性を知ることになるとは思いもよらなかった。

「後で桜さんもライングループ入れてあげるからね。」

 驚く私を音坂さんはいたずらな目で満足げに見ていた。ちょっと馬鹿にされたみたいで癇に障るけど、スマホを使いこなす音坂さんには頼もしさを感じざるを得ない。でも、

「音坂さん…」

「ん?」

 なんだかその姿をみていると、まるで

「お姉ちゃんみたい。」

 そう言葉を漏らした。でも言っちゃいけない言葉だったようだ。

「?、音坂さん。」

 そう言ったとたん、音坂さんの顔から笑みが消えて、呆然とするように口をあけて私をじっと見つめる。急変する彼女の雰囲気に不気味さを感じる私は彼女の名前を呼ぶが、反応が無い。あれ?あれ?と内心慌てふためく。でも何かを決意したかのように口を閉じて顔に笑みを戻すと音坂さんは口を開いた。

「桜さん。」

「な、なに?」

「もう一回いって。」

「え、なにを?」

「お姉ちゃんって、もう一回。」

「なんで?」

「いいから、ね?」

 隣り合っていたとはいえ、いつのまにか少しあった隙間さえも侵略されて、ついには顔との距離さえわずかだ。慌てふためく内心は更に燃料を投下され最早オーバーヒート寸前。どうして!なんで!が回りに回ってまともに考えることができない。

「ほら早く。ハリーハリー。」

「ええ、ええぇ、」

 ぐるぐる回る頭は考えることをやめた。


          ◯

 

 部室にはスマホを無くした桜ちゃんたち以外の班が戻ってきていた。

「はぁ〜。」

 私を含めた部員たちは夏の暑さにやられてぐったりと床に座りこんでいた。小田切さんは真反対にあっちに行ったりこっちに行ったりして落ち着かない様子。ニコニコと楽しいことを考えているであろう表情からはまるで疲労を感じられない。一緒にスマホを探していたはずなのになんでこんなにピンピンしているんだと呆れを感じる。

 しかし、もう戻ってきてもよそさそうな時間だが桜ちゃんたちは随分と遅い。音坂ちゃんにラインを送っても返事は愚か既読すら付かない。なにかあったのかと心配ばかりが募る。

 そんなことを思っていると扉が開く音が部室に響いた。反射的に扉の方を見ると待ち人2人が立っている。

「あ!おかえ…ん?」

「舞ちゃん!…あれ?」

 おかえりと言って2人を出迎えようとしたが、なにか様子がおかしい事に気づいて言葉が止まる。小田切さんも同じことに気づいたのだろう。音坂ちゃんは別にいつも通りだが、桜ちゃんはなぜか音坂ちゃんに手を繋がれたまま下を向いて頭をゆらゆらと揺らしている。もしかして熱中症、とも思ったがあの音坂ちゃんに限って保健室に連れて行かないはずがない。

「ただいまでーす。」

「桜ちゃん、どうしたの?」

「ああ、桜さんですか?大丈夫ですよ。だって、」

 桜ちゃんを見ながら音坂ちゃんは続ける。

「私の妹ですから!」

「ウン、オネエチャン!」

「ええ!?」

 ぐるぐると回った目で機械のように発言する桜ちゃん。ずるい!私も…じゃなくて、桜ちゃんが洗脳されてる!!

「ちょ、ちょっと!なにしちゃってるの音坂ちゃん!桜ちゃんおかしくなっちゃてるじゃん!」

「こんなに可愛い妹手に入れる他ないじゃないじゃ無いですか!私は悪くありません!!」

 全く言い訳になっていない言い訳を言う音坂ちゃんも、何かテンションがおかしい。もしかして熱中症なのは音坂ちゃんの方なのではないのだろうか。

「オネエチャンカッコイイ!」

「ああもうめちゃくちゃだよ!」

 あまりに混沌とした状況、もうどうしたらいいのかわからない。そう投げやりに言った直後、後方から走る影が。

「舞ちゃーーーーーーーーーん!!!!」

 いつの間にか走り出していた小田切さんは真っ直ぐに桜ちゃんの方へ走っていく。その姿はさながら飼い主に突撃するハスキーだ。

「グハァ!!」

「うわぁ!?」

 飼い主に飛びついたハスキー。あまりの勢いに自称姉ともども倒れ込み、繋がれていた手は解かれる。

「もとに戻って舞ちゃん!!」

 ぎゅーっと飼い主を胸に抱くハスキーは、割と絶叫に近い声を出しながら必死に力を込めている。

「ああ!!私の妹がぁ!!!私の妹がぁ!!!!」

 そう絶叫しながらハスキーを離そうとする自称姉の目は、狂気に満ちていた。

「…。」

 私達はそれを黙ってみることしかできない。いや、そうしていたほうが安全だと思ったから何も言わなかった。これに巻き込まれるのは流石に…。

 私達は、ただその場を見守る事しか出来なかった。

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デュエット シャーペン @nitobe

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