ヤバイ
あーあと項垂れながら玄関の戸を閉める。普通ならただいまというところだけど、今日はちょっとそういう気分じゃない。疲れた。
「ふぅーー。」
台所に直行し、疲労した体を椅子にヘタリと預けた。お母さんは居ない。仕事は夕方までだ。
「あーー何でこんな事に…いいや、もう考えるのやーめた。ギターやろ。」
今日練習できなかった分を埋め直す様に、その日はギターに没頭する事にした。あ、もちろん10時には寝たよ。
○
「行ってきます。」
誰も居ない家に向かって言って、玄関を閉めた。燦々と照らす太陽とこれ以上無いくらいに青い空を見上げる。今日は快晴だ。そんな空とは真逆の気分で学校に向かって重い足を運んでいく。いつもはこうじゃないんだけどなぁ、と夏休み前を思い出していた。こうなっている理由はもちろん、部員と奏ちゃんだ。昨日みたいな調子が続いたら私は部活を辞める。奏ちゃんは…どうなるんだろ。なんか両親を呼ぶとか言ってたけど。まぁ、奏ちゃんの両親ともあれば相当な音楽家の筈だ。そんな人達が昨日の今日で来れる訳がないだろう。根拠もなくそんな事を考えているといつの間にか学校に着いていた。
「…よーし、頑張るぞー。」
いつもはやらないけど、校門前で気合いを入れる。流石にあんな事はもうない筈だ。いや、無くては困る。そうで無くちゃ私の怒りの臨界点に達してしまうからだ。どうかそうなっていませんようにと思いながら階段を登る。
「そう言えば音坂さん見てないな…もう来てるのかな?」
姿が見えない友人の事が気がかりだが、部室の前に来た。ふぅと息を吐いて、深呼吸する様に息を吸い込むと、
「お願いします!!!」
扉を開いた。予想通り、私以外の部員はほとんど来ている様だ。みんなの視線が私に集まる。
「桜ちゃん、おはよう!今日も頑張っていこう!」
先輩も他の人も昨日の様に私を見た瞬間涙と言う事は無かった。どうやら元に戻った様だ。良かったと心の中で胸を撫で下ろす。でも、辺りを見回しても音坂さんの姿はない。あれ、と首を傾げながら先輩に理由を尋ねた。
「先輩、音坂さんは?」
「え?あぁ、そう言えば来てないね。どうしたんだろ。」
どうやら先輩も何も聞いていないらしい。おかしいなぁ、あれでも時間は守る人なんだけど…。
「おなしゃーす。」
噂をすれば、と言ったところか。扉が開いたと思えば音坂さんが入ってきていた。あ、と声を上げて先輩と私の所に小走りで近寄ってくる。
「すいません、遅れました。」
「大丈夫大丈夫。でも、何かあったの?」
当然の疑問だ。私も気になる。
「いやー、なんか学校まで案内してくれって言う夫婦がいまして、しかも」
「「しかも?」」
「その夫婦が奏ちゃんの両親らしくて。」
「「ええ!?」」
私も先輩も驚愕の声を張り上げた。あまりに急に出してしまったものだからみんなの視線が集まる。思わず口を塞いで恥ずかしくなるけど、音坂さんもそうなって当然という感じで話を続けた。
「私も驚いちゃったんですよ。それで色々話聞いてたらこんな時間になっちゃって。」
唖然とする先輩と私。でも多分違う事に驚いていると思う。私は昨日奏ちゃんが呼んだばっかりなのに今日来た事に驚いていた。だって海外だよ?そんな海外で働く様な人ねらスケジュールとか色々有るだろうに…親子似たもの同士なのかも知れないと、ふと思った。
「いやー、しかし気さくな夫婦だったなぁ。あんな両親もってみたいもんだよ。」
音坂さんの所も似たようなものでしょと言うセリフを飲み込んで、私は恐ろしい事を考えていた。もし、このまま奏ちゃんがスマホを手に入れた場合。もしかしたらノイローゼになるくらい電話を掛けてくるかもしれない、と。いや、流石にそんな事しないでしょと客観的に見る私も当然居るが、一度そう思うと、何故かそうなるんじゃないかと頭から離れない。
「…どうしたの桜さん、なんか汗が随分と出てるけど。」
「え?いや、そんなこと、ない、よ?」
「そんな事ある言い方だよねそれ。」
段々と距離を詰めてくる音坂さんに更に冷や汗が出てくる。ついに肩を組まれてほぼゼロ距離になった。
「ねぇ、私達友達でしょ。ちゃんと相談してよ。」
何故かかっこよく言う音坂さんに別のところでドキドキしながら必死に顔を逸らす。すると
「舞ちゃん!!!」
その場の全員の視線がそこに集まった。そう、奏ちゃんである。
「買ってきたよ!!!!」
そう叫ぶ奏ちゃんが高らかに掲げていたのは、紛う事なくスマホだった。嘘でしょ?もう買ってきたの?と私が思うのも束の間、すでにエンジン全開の奏ちゃんは私に向かって走ってきていた。やばいと思った音坂さんは直ぐに回していた腕を外して先輩の隣に避けた。薄情者ォ!!!と私が叫ぼうと思ったその瞬間
「グハァ!!!」
案の定私は奏ちゃんに抱きつかれた。しかもいつもより力強く抱きしめられているようで腕の当たる所がめっちゃ痛い。
「…なんか、わんちゃんみたいだね。」
「確かに。」
何談笑してるんだよぉ!!!と心と体が悲鳴を上げる私は苦痛を何とか顔に出さない事に必死だった。それを出しちゃったら奏ちゃんに見えちゃう。それは避けたい。
「舞ちゃん舞ちゃん!!連絡先交換しよ!!!」
「分かったから!分かったからちょっと落ち着いて!!」
と言っても全然聞く様子もなく、約2分、体感10分抱きしめられ続け、やっと力を緩めてくれた。死ぬかと思った。
「はぁ…はぁ…。」
「あれ?舞ちゃんスマホは?」
「え?」
いつの間にか私のポケットを弄っている奏ちゃん。それは流石に辞めてほしいなと思いながら、奏ちゃんに変わってポケットを探る。
「あれ?バックの中だっけ。」
奏ちゃんから離れてバックの中を探る。お弁当の下に、普段使わないチャックの奥まで探す。だが無い。無いぞ。おかしい。家から出る時確かにポケットに…。
「…まさか。 」
落とした?
「…やば。 」
緊急事態。緊急事態だ。スマホなくしちゃった。これがお母さんにバレたら大目玉どころの話じゃない。ヤバイヤバイヤバイ!うそ?何処で?頭の中でグルグルとここまでの記憶が再生されるけど、何処にもスマホを落とした様な記憶がない。そりゃそうだ。あったらその時回収してる。
「……。」
「舞ちゃん?」
「…………。」
「どう見ても憔悴しきってるねこれ。」
「桜ちゃん、スマホ落としちゃったんだね。」
その時の私には外野の声は何一つとして聞こえてこなかった。真っ白の頭の中では、ただ焦りと絶望があってそれをヤバいが取り囲ん出る感じ。憔悴しきる私には体に屈んだ体を起こす事すら出来ない。
「桜ちゃん。」
「へ?」
ハングアップした頭のせいで、情けない声が出る。
「スマホ、失くしちゃったんでしょ?」
「…はい。」
涙声で返事をした。
「探そ。私も手伝うから!」
「先輩…!」
目の前がパァと明るくなった。そして先輩が天使に見えた。いや、紛うことなき天使が目の前に立っていた。神々しい、美しい天使が。
「私も手伝う!」
「私も!」
「私も手伝うよ!」
先輩に触発されてか、どんどんと協力に手が上がっていく。そして、私の目頭がどんどん熱くなっていく。こんなに沢山協力してくれる人が居るなんて。感激以外の何物でもない。
「舞ちゃん!私も手伝う!」
「私も忘れて貰っちゃ困るね。」
「みんなぁ~…ありがとう〜〜!!!」
まさか今度は私が泣かされるとは思わなかった。止まらない涙を拭いながら、私は立ち上がる。あぁ、この部活に入って良かった。
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