頭ヲカシイコオロギさ。
帝国産コオロギは、よく鳴く。
それが売り文句だった。
金属箱を開けると、黒光りする甲殻が一斉に震え、規則正しい音階で鳴き始める。
ド、レ、ミ。
軍楽にも使えるよう、遺伝子改良された成果だと監察官は誇らしげに言った。
「食用にも最適です。栄養価は旧世代の家畜を遥かに凌ぐ」
私は給餌係として、そのコオロギをすり潰し、粉末にし、兵士用の糧食に混ぜる仕事をしていた。
毎日、鳴き声を聞きながら。
最初は気にならなかった。
ただの虫だ。帝国がそう定義している。
だが、夜番のとき、私は聞いてしまった。
鳴き声が、言葉に聞こえたのだ。
――かえりたい
――つちを
耳鳴りだと思った。
疲労のせいだ。
だが、翌日も、その翌日も、同じ声がした。
監察官に報告すると、彼は笑った。
「安心しろ。帝国産コオロギは“祖先記憶”を保持しているだけだ。無害なノイズだよ」
祖先記憶。
土。草。夜の風。
その夜、私は金属箱を一つ、そっと開けた。
コオロギは鳴くのをやめ、こちらを向いた――気がした。
私は箱を外へ運び、非常口の隙間から、外の荒野へ放った。
鳴き声は一瞬だけ高まり、やがて風に溶けた。
翌朝、糧食工場は沈黙していた。
すべてのコオロギが鳴くのをやめていたのだ。
帝国は原因不明の生産停止を発表した。
私は知らない顔で、その放送を聞いた。
ただ、夜になると、遠くから聞こえる。
荒野一面に広がった、無数の鳴き声が。
ド、レ、ミ。
今度は、勝利の音階ではなかった。
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