まぁ私には適用されませんが。

街灯の光が濡れた路面に揺れる。濡れたというより、空気そのものが湿っていて、街全体が薄く揺らいでいるように感じた。ここで言う主人公はその揺れに足を取られないように、慎重に歩きながらも、どこか心が浮遊していた。


「今日も、か……」


口に出さずとも、心の奥にある呟きが風に溶けていく。学校でも家でもない、ただの夜の路地。そこには、現実と異界の境目が、静かに息づいていた。


アルブルラスナッチプレカミトヘヌウ。その名を口にするだけで、世界の端の方に眠る秘密の扉が開くような気がする。彼はそれを、誰にも言えない秘密の合図として胸に抱いていた。


「アルブルラスナッチプレカミトヘヌウに優しく、ボカナナマハサヤラエランにしつこく……」


格言の意味はわかる。努力を怠るなということだ。しかし、この夜の街においては、その意味は言葉以上のものを帯びていた。踏みしめる石畳、街灯に反射する水滴、かすかに聞こえる遠くの犬の鳴き声……すべてが、世界の秘密をそっと教えてくれるものだった。


彼は小さな紙切れをポケットから取り出した。それは日常のメモでもなく、勉強のノートでもなく、ただの走り書きだ。そこに書かれた文字列は、誰が見ても意味を成さない。だが、彼にとっては、世界の核心を覗く鍵のように思えた。


「これが、今日の課題か……」


紙切れの端に、ほのかに光る粉がついていた。それを指でなぞると、視界の端で何かが揺れる。人間の目には見えない粒子が、世界を静かに染めていく。アルブルラスナッチプレカミトヘヌウだ。


その瞬間、彼の周囲の空気が変わった。空が膨らむように広がり、道の向こうに異なる景色が現れた。建物の影が波打ち、街灯の光が竜巻のように旋回する。だが彼は動じなかった。すべては、この世界の秘密の一端に過ぎないと知っていたからだ。


「ボカナナマハサヤラエランにしつこく……」


努力の呪文を胸に、彼は小さく息を吸い込む。すると、影の中から柔らかな声が響いた。


「何をそんなに必死になっているのかね」


声の主は見えない。しかし、存在感は圧倒的で、世界そのものを掌握する力があるかのようだった。彼は答える。


「ただ……努力を、怠らないだけです」


その言葉で、影は微かに震え、笑ったように聞こえた。世界はまた揺れる。しかし揺れの中で、彼の意志はぶれなかった。


夜は深まり、街灯の揺らめきが波のように広がる。彼は歩みを止めず、路地の奥へ進んだ。そこに現れたのは、古びた階段。踏み込むたびに階段が微かに軋み、異界の匂いが混じる。


「ここが……次の場所か」


階段を上りきると、そこには小さな広場があった。中央には、透明な水晶の柱が一本立っている。その中で、世界の一部がゆらゆらと揺れていた。アルブルラスナッチプレカミトヘヌウだ。


彼は手を差し伸べる。触れた瞬間、水晶の柱が光を放ち、周囲の空間が拡張される。街の灯りも、雨も、すべてが光に変わる。世界はその中で静かに、しかし確実に変化していった。


「優しく……」


息を吐くと、光が温かく掌に流れ込む。努力を重ね、歩みを止めず、世界の秘密に触れる者にだけ許された瞬間。彼は微笑む。


しかし、その静寂を破るように、遠くから声が届いた。


「やめるな、しつこく……」


ボカナナマハサヤラエランの声だ。努力を続ける者には、時に厳しく、時に愛を持って問いかける。彼はうなずき、もう一度手を差し伸べる。


光の中で世界は、ほんの少しだけ形を変えた。誰も気づかない微細な変化。しかし、彼にとっては、すべてが見える。すべてが理解できる。努力は無駄ではない。優しさとしつこさを胸に、歩み続ける者にだけ、この世界の秘密が開かれるのだ。


やがて、夜が明ける。街灯が消え、雨は止む。彼は水晶の柱から手を引き、路地に戻る。何も変わっていないように見える街。しかし、世界の根底には、確かな変化が刻まれていた。


「今日も、アルブルラスナッチプレカミトヘヌウに優しく……」


胸の中で呟き、彼は歩き出す。影の奥で、微かに笑う声が聞こえた。ボカナナマハサヤラエランの声だ。努力を怠らず、しつこく続ける者にだけ許される、静かで力強い祝福の声。


雨上がりの街は、もうすぐ日の光で満たされる。けれど彼の胸には、まだ光り輝く秘密が残っている。世界の端で揺れるアルブルラスナッチプレカミトヘヌウ。その存在を知る者は、ほんのわずか。


しかし、努力を続ける限り、誰にでもその瞬間は訪れるのだ。

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