こけるくないですか?

 ビー玉組は今日も平和にバグっていた。


 部室の床はビー玉で埋め尽くされ、足を踏み入れるたびに「しゃらん」と音を立てる。

 机の上では、世界を創る装置――アイル・フアグタ・ワールダー――が、ぽこぽこと湯を沸かすような音を立てている。

 見た目は炊飯器。だが中には宇宙が入っている。


 「なあ、昨日作った“テンプレート国家β版”、ログインできなくなってんだけど」

 「またか。お前、国家データ保存し忘れただろ」

 「いや、保存したけど多分フォルダごと消えた」

 「それは消したって言うんだよ」


 俺とリュートとセイ。三人で作る国づくりサークル、それがビー玉組だ。

 国を作って、他の組と外交して、戦争して、壊して遊ぶ。

 でも“遊ぶ”というには、だいたい死人が出る。

 仮想空間上だけど。


 「で、今日のテーマは?」

 「“プラットホームの見直し”」

 「うわ出た、意味わかんねえ系」

 「いやマジで必要なんだって。最近アイルが頻繁に吐くんだ」

 俺が指差す先で、炊飯器みたいな装置がぐるぐる震えていた。

 液晶に『ウワァァァン/構築失敗』の文字が出ている。


 「……お前、プログラムに人格載せたろ?」

 「載せたけど?」

 「なんで載せた?」

 「寂しかったから」

 「お前、国家作るの向いてねえよ」


 リュートが笑いながら、ペットボトルの水を“世界の種”にぶっかける。

 装置がぐわん、と光を放ち、瞬く間に机の上にミニチュアの大地が出現した。

 山、川、雲、そして小さな人々のシルエット。


 「おおー……今回、グラフィック綺麗だな」

 「AIが勝手にバージョンアップしたらしい」

 「怖っ。勝手に育つとか育児放棄かよ」

 「違う、“プラットホームが自我を持った”って言うんだよ」

 「言い方の問題じゃねえ!」


 セイがパソコンの前に座り、タブレットを叩く。

 モニターには【国家テンプレート選択】の画面が表示されている。


 ・農耕国家

 ・工業国家

 ・情報国家

 ・ギャンブル共和国β

 ・もうだめだ王国(試作)


 「どれにする?」

 「最後の“もうだめだ王国”って何?」

 「前回の失敗作。初日で国庫がマイナスになった」

 「どうやって?」

 「国民全員が給付金詐欺した」

 「統治システムどうなってんだよ」


 リュートがにやりと笑う。

 「じゃあ今回は、“テンプレートを作るテンプレート”にしようぜ」

 「は?」

 「国のテンプレートを作るためのテンプレート。

 つまり、“世界構築の構築”をやるんだ」

 「それ、世界がループしてバグるやつだろ」

 「それがいいんだよ! 俺たちはビー玉組だぞ?!」


 ああ、そうだ。ビー玉組は常に転がり続ける。止まったら負け。

 それが俺たちの課したルール制約だ。


 俺たちはノートPCを三台並べて、装置とリンクさせた。

 コードを入力しながら、セイがつぶやく。

 「なあ、これやばいんじゃね?」

 「何が?」

 「“テンプレートを生成するテンプレート”を作る瞬間、世界の根っこがどっちを“本物”と認識するか分かんなくなる」

 「え、つまり?」

 「こっちが現実か、あっちが現実か、境界が消える」

 「それもう哲学じゃん」

 「いや、事故だよ」


 ……バシュンッ。


 次の瞬間、視界が真っ白になった。

 床のビー玉が宙に浮き、俺たちの身体がデータの粒子に変わっていく。


 「おい!! お前、なんか押しただろ!!」

 「いや、Enter押しただけだって!!」

 「Enter押すなって言ったろ!!」

 「でも世界ってだいたいEnterから始まるじゃん!」


 気づいたら俺たちは、机の上の“ミニチュア世界”の中に立っていた。

 空が反転している。海が上、雲が下。

 風が逆向きに吹く。


 「……なあ」

 「ん?」

 「これ、どっちの世界が作った方だ?」

 「分かんねぇ。多分、向こうから見た俺たちが“テンプレート”なんだよ」

 「俺たち、テンプレ化してんの?」

 「つまり、コピーされる側」

 「人間やめてテンプレ化って、どんな人生設計だよ……」


 そのとき、空から声がした。

 『テンプレートのテンプレートが競合しました。どちらを優先しますか?』


 「やべえ、システムが俺たちに選ばせようとしてる!」

 「いや、そもそも選ぶ側がテンプレなのに選べんのか?」

 「もう分かんねえ! とりあえずEnter押す!!!」


 バシュンッ。


 ――再び光。


 目を開けると、俺たちは部室に戻っていた。

 ビー玉の海。机の上の炊飯器。

 「……帰ってこれた?」

 「多分」

 セイが画面を見る。

 そこには、ひとつの新しい項目が追加されていた。


 【プラットホーム・ビー玉・テンプレート】


 「なんだこれ……」

 「起動してみようぜ」

 「いやもうやめようぜ」

 「お前、止まったらビー玉組じゃねぇだろ?」

 「……くそ、そうだったな」


 Enter。


 装置がうなり、世界がまた揺れる。

 今度は、モニターに見覚えのある映像が映った。


 ――俺たちが部室で装置を操作している。


 「……これ、録画じゃね?」

 「いや、リアルタイムだ」

 「つまり向こうの俺たちも、こっちの俺たちを見てる……?」

 「お互いに“プラットホーム”だ」


 どこかでカチリとスイッチの音がした。

 画面の中の俺たちも、こちらと同時に首をかしげる。


 「……なあ、どっちが本物?」

 「知らねぇ。でも、どっちでもいいんじゃね?」

 「お前、適当だな」

 「ビー玉は転がる方向を選ばねぇんだよ」


 笑い合った。

 炊飯器(アイル・フアグタ・ワールダー)が「ポン」と鳴った。

 モニターには、完成した世界のログが表示される。


 【生成結果:テンプレート∞/安定度:気分による】


 「……成功、したのか?」

 「たぶん成功。たぶん失敗」

 「どっちだよ」

 「どっちでも面白い方」


 窓の外を見ると、空にビー玉が浮かんでいた。

 それは、世界の種。どこかにまた、新しい国が生まれる。


 「なあ、リュート」

 「ん?」

 「もしこの世界が全部テンプレだったら、俺たちのオリジナルってどこにあるんだろうな」

 「そんなもん最初から無いさ」

 「悲しくね?」

 「いや、便利じゃん。コピーすりゃまた会える」


 そう言って、リュートはにやりと笑った。

 セイが装置の電源を落とす。ビー玉が静かに転がった。


 今日もビー玉組の活動は終わり。

 だが次のテンプレは、もう世界のどこかで勝手に動き出している。


 なにせ俺たちは、“世界を遊ぶ”連中だから。



…お前ら、テンプレに引っかかって恥ずかしくねぇいのか?

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