プランクブルトーム
始まりなんて、いつも大して覚えていない。
けれどそれでも、ここまで来るなんて思ってなかった。
――それだけは、NもQも認めている。
かつて、二人は机を挟んで喋っていた。
「おまえの好きな花、気持ち悪いな」
「そっちこそ、臭いだけで何の意味もないじゃん」
そんな、子どもじみた言い合いだった。
でも今では、
Nの背中には「
Qの眼前には「
画面越しのデータか何かみたいに、誰も彼も死んでいく。
だが二人はまだ、「これはセンソーゲームだ」と呼び合っていた。
「そっちが謝れば、すぐ終わるのに」
「そっちが悪かったって、いつ認める?」
冷えきった通信端末のなか、NとQはかろうじて会話を続けていた。
顔はもう見えない。ノイズ越しの、名前だけの存在。
でも、声の温度だけは、なぜか変わらなかった。
「Q。おまえ、まだ信じてる? やり直せるって」
「……うん。画面越しのセンソーみたいに、リセットが効くって。いつか笑って、“ごめんね”って言えるって」
「そっか。俺も、そう思ってたんだよ。最初はな」
通信が一瞬、切れかける。
その向こうで、Nは一人、作戦図を見ていた。
マーカーは赤と青。国花の色だった。
自国のシステムが、Q国の森林地帯を焼き尽くすと、モニターに“点”がいくつか消えた。
それは兵の数であり、笑っていた誰かの顔だった。
Qは、まだ子どものようなまなざしで空を見ていた。
国花が煙に巻かれていくのを見ながら、静かに隣の指揮官に言った。
「Nは、今どんな顔してるかな」
「憎んでると思いますよ、あなたを。国を。全てを」
「でもさ、憎んでるなら、もう終わってるよ。とっくに、撃ち抜いてる」
Qはそう呟いたが、握りしめた銃の冷たさが、自分の本音を暴いていた。
――まだ終わらせたくない。
どんな形でもいいから、Nに「ごめん」って言わせたい。
それが自分を許すことに繋がるような気がしていた。
その夜、両国は最大規模の迎撃を行った。
双方、死傷者数は6桁を越え、誰も引き返せないところまで来ていた。
だが不思議と、どちらの国も「終戦」を望んでいなかった。
誰かが“勝った”と言わなければ、終われなかった。
だって、それは**“ただの喧嘩の続き”**だから。
そしてその中心にいるNとQは、まだ互いの名前を、通信ログの中に保存していた。
ある日、戦場の片隅で、Qは手紙を拾った。
中には、ぼろぼろの花弁と、筆跡の不安定な文章。
「Qへ。
昔、俺が好きだった花、まだ覚えてる?
あれ、毎年、君んちの庭に咲いてた。
……たぶん、俺、ちょっとだけ、羨ましかったんだと思う。
じゃあな。
もし空が終わるなら、その向こうでまた会おう。
Nより」
手紙は焼け焦げていて、最後の行は読めなかった。
でも、Qはその場にしゃがみこんで、しばらく泣いた。
泣いたあとで、笑った。
そして、銃を下ろした。
戦争はすぐには止まらなかった。
止まるには、もう多すぎるものが傷んでいた。
けれど、その日を境に、戦線は少しずつ崩れていった。
それは、センソーゲームの終わり方にしては、地味で、淡々としていた。
NとQが再会したのは、それから何年も後のことだ。
片方は両足を失い、もう片方は片目を失っていた。
両国は合併され、国花の色は青紫に変わっていた。
「やあ」
「やあ」
それだけで、世界が一瞬、止まったように静かになった。
Nは、笑って言った。
「……俺の負けだ」
Qは、首を振った。
「引き分けだよ。俺、途中で“やめたい”って思ったから」
二人は、その日、何時間もしゃべった。
ゲームの続きのように。
でも、もうリセットボタンはどこにもなかった。
プランクブルトーム――花の名。
Nの国の花で、Qの国で忌み花とされた。
今では、その花が、戦跡に植えられている。
戦争の記録と、
くだらない喧嘩の記憶を、
両方、咲かせるために。
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