第12話 悪意にだって命がある

誰かのために、命を削るような覚悟って、

きっと、すごく静かなんだと思う。


叫ばないし、泣きもしない。

ただ、ひとことだけを残して、

自分の役目を終える。


この回は、そんな「静かな強さ」を描きました。


読んでくれてありがとう。

君の中にも、きっと“強さ”があるって、信じてる。



「……俺は、なんでこんな仕事に就いたんだっけな」


ふと頭に浮かんだ疑問は、あまりに遅すぎた。

金田は、苦く笑った。何もかもが遅かった。


「くそ……ふろうどの野郎、最初から──

お前の家族と、それを証明できる俺も、まとめて潰すつもりだったんだな……」


ああ、終わった。そう思った瞬間。


「――諦めんな」


低く、静かな声が響いた。

それだけで、空気が一変する。


結志だった。信じられないほど、穏やかで、強い声だった。


「どうしろってんだよ。相手は暴力のプロだ。しかも数が違う。

俺たちの話なんか、聞く耳持たねぇ連中だぞ」


「だから、警察は呼んである。……お前がやられると思ってな。

でも、危なかった」


「……は?」


「そろそろ、サイレンの音が聞こえるはずだ」


そのとき、金田のスマホが震えた。

画面には「非通知」。イヤな予感が的中する。


電話の向こうから聞こえてきたのは――ふろうどの声だった。


「外を見てごらん」


金田が窓の外に目を向けると、

そこには黒い車列。威圧的に並んだ闇の群れ。


警察じゃない。

もっと、深くて濁ったもの。


反社会勢力だった。


「俺たちは……消されるってことか」


「そうだよ、金田くん。君も、結志くんも。

私の都合でね。返済は、きちんとしてもらう」


プツッ。通信が切れた。


「……最悪だな。完全に詰みじゃねぇか……」


「すまない。俺の判断が甘かった。先読みされていた。俺の責任だ」


「……いいよ。俺も、あいつに使われてただけのクズだ。

……おい、結志」


金田は、ひと呼吸置いて、静かに言った。


「お前……記憶がなくなるんだろ?

だったら……俺のことは、すぐに忘れる。

でもそれでいい。

俺は、ここに残らねえ。

だけど……お前は、生きろ」


そう言って、彼はポケットからナイフを取り出した。

ためらいなく、指先を切る。


流れる血で、ノートの空白――

まだ残された5ページ目に、震える指で、大きく書いた。



『お前は、強い。』



インクじゃない。

それは、生きた血の文字だった。

暴力よりも重く、権力よりも強い。

金田の命の代わりに、刻まれた言葉だった。


「……行け、結志。時間は稼ぐ。お前は、前へ進め」


「金田……」


「――それが、俺の血の贖罪だ」



次回予告


第13話『血の贖罪』


残されたのは、血で書かれたたった一言。

記憶は、まだある。

でも――金田は、もういない。


決志は、拳を握った。


これはもう、戦いだ。

逃げられない。

ふろうどに、終わりを与えなければならない。



もし自分が誰かを守る立場になったら。


もしその“誰か”が、自分のことを忘れてしまう運命だったら。


それでも、守るって、言えるだろうか。


金田の行動には、正しさも、正義も、理屈もない。

でも、心が動いた。


残された“血の言葉”は、たぶん彼の生きた証であり、

結志の未来を照らす灯だと思っています。


読んでくれて、本当にありがとう。

君の胸にも、何かが残っていたら嬉しいです。

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