第12話 悪意にだって命がある
誰かのために、命を削るような覚悟って、
きっと、すごく静かなんだと思う。
叫ばないし、泣きもしない。
ただ、ひとことだけを残して、
自分の役目を終える。
この回は、そんな「静かな強さ」を描きました。
読んでくれてありがとう。
君の中にも、きっと“強さ”があるって、信じてる。
*
「……俺は、なんでこんな仕事に就いたんだっけな」
ふと頭に浮かんだ疑問は、あまりに遅すぎた。
金田は、苦く笑った。何もかもが遅かった。
「くそ……ふろうどの野郎、最初から──
お前の家族と、それを証明できる俺も、まとめて潰すつもりだったんだな……」
ああ、終わった。そう思った瞬間。
「――諦めんな」
低く、静かな声が響いた。
それだけで、空気が一変する。
結志だった。信じられないほど、穏やかで、強い声だった。
「どうしろってんだよ。相手は暴力のプロだ。しかも数が違う。
俺たちの話なんか、聞く耳持たねぇ連中だぞ」
「だから、警察は呼んである。……お前がやられると思ってな。
でも、危なかった」
「……は?」
「そろそろ、サイレンの音が聞こえるはずだ」
そのとき、金田のスマホが震えた。
画面には「非通知」。イヤな予感が的中する。
電話の向こうから聞こえてきたのは――ふろうどの声だった。
「外を見てごらん」
金田が窓の外に目を向けると、
そこには黒い車列。威圧的に並んだ闇の群れ。
警察じゃない。
もっと、深くて濁ったもの。
反社会勢力だった。
「俺たちは……消されるってことか」
「そうだよ、金田くん。君も、結志くんも。
私の都合でね。返済は、きちんとしてもらう」
プツッ。通信が切れた。
「……最悪だな。完全に詰みじゃねぇか……」
「すまない。俺の判断が甘かった。先読みされていた。俺の責任だ」
「……いいよ。俺も、あいつに使われてただけのクズだ。
……おい、結志」
金田は、ひと呼吸置いて、静かに言った。
「お前……記憶がなくなるんだろ?
だったら……俺のことは、すぐに忘れる。
でもそれでいい。
俺は、ここに残らねえ。
だけど……お前は、生きろ」
そう言って、彼はポケットからナイフを取り出した。
ためらいなく、指先を切る。
流れる血で、ノートの空白――
まだ残された5ページ目に、震える指で、大きく書いた。
⸻
『お前は、強い。』
⸻
インクじゃない。
それは、生きた血の文字だった。
暴力よりも重く、権力よりも強い。
金田の命の代わりに、刻まれた言葉だった。
「……行け、結志。時間は稼ぐ。お前は、前へ進め」
「金田……」
「――それが、俺の血の贖罪だ」
⸻
次回予告
第13話『血の贖罪』
残されたのは、血で書かれたたった一言。
記憶は、まだある。
でも――金田は、もういない。
決志は、拳を握った。
これはもう、戦いだ。
逃げられない。
ふろうどに、終わりを与えなければならない。
*
もし自分が誰かを守る立場になったら。
もしその“誰か”が、自分のことを忘れてしまう運命だったら。
それでも、守るって、言えるだろうか。
金田の行動には、正しさも、正義も、理屈もない。
でも、心が動いた。
残された“血の言葉”は、たぶん彼の生きた証であり、
結志の未来を照らす灯だと思っています。
読んでくれて、本当にありがとう。
君の胸にも、何かが残っていたら嬉しいです。
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