第11話 それぞれの悪意

10年越しに再会した相手は、過去のトラウマそのものだった。

「殴り返す」ことは、ほんとうの“勝ち”なのか。


過去と向き合うこと。

怒りを超えて、“未来を選ぶ勇気”を持つこと。


これは、ひとりの青年が“復讐よりも深いもの”に気づいていく、そんな瞬間の物語です。



金田の言葉が、室内に重く沈んだ。


「……リベンジマッチ、してやってもいいぜ?」


その一言で、結志の中に眠っていた記憶が、津波のように押し寄せる。


鈍い頭痛。

癒えきらない傷跡。

泣いていた両親の顔。


あの時すべてを壊された瞬間が、鮮やかに蘇る。


結志はゆっくりと、椅子の肘掛けに手を添えた。

指先が震えながらも、爪が沈むほど強く握る。


けれど、立ち上がらない。

ただ、金田の目を見据え──わずかに、口角を上げた。


「……今ここで暴れます?

でも、社内には監視カメラもあるし。

通報されたら、警察がすぐ来る。

“10年ぶりの再会”にしては、1分で終わるのはもったいないでしょ?」


金田の笑みが、ピクリと引きつる。


「随分と、口が回るようになったな……クソガキが」


「記憶は曖昧でも、痛みは忘れてませんよ。

──でも、今回は俺が“勝つ番”です」


ゆっくりと、結志は立ち上がった。

怯えを隠すためじゃない。

“怒りを超えた怒り”を、静かに抱えて、制御するために。


「……金田さん、でしたよね。

じゃあ、ひとつだけ聞かせてください。


あなたにとって、“勝ち”って、なんですか?」


金田は鼻で笑った。


「勝ち? そりゃムカつく奴を、ぶっ飛ばせたらだろ」


「……じゃあ、あの時みたいに僕をぶっ飛ばすってことですか?

それって、信念もクソもなくて、ただの自己満じゃないですか。

……正直、カッコ悪いです」


「はん、そんなもん気にしてられるかよ」


「俺は、あなたを許す気なんてない。

でも、仕事はちゃんとしてるのはわかる。

中途半端だったうちの親とは違う。

……俺も中途半端が大嫌いなんです。だから、ここまで来た。


歳なんて関係ない。

“前に進む力”だけが、今の俺を支えてる。


でもあなたは、今“ただの感情”で動こうとしてる。

それ、仕事じゃない。復讐ごっこです。


──ここに、金を用意してあります。

取りに来たんでしょう? なら、持ってってください」


(場の空気が変わる)


金田「……」


結志「俺は、“勝ちたい”わけじゃない。ただ、“進みたい”だけなんです」


沈黙のあと、金田が吐き捨てる。


「……復讐もできねぇ奴が、正義ヅラすんなよ。偽善者が」


結志は微笑んだ。


「そうかもしれません。

でも、“偽善者”って言葉──嫌いじゃないですよ」


背を向け、歩き出す結志。


その足は、静かに震えていた。

拳も額も、汗で濡れていた。


でも、彼は確かに知っていた。


**「殴らなかった選択が、誰かを救うこともある」**と。


その瞬間。


金田がドアに手をかけようとしたその時──

結志のスマホが震えた。


表示されたのは「非通知設定」。


結志「……金田さん、電話です」


金田がスマホを受け取る。

画面を見たその目が、すっと細まる。


「非通知、か。……どこまで抜かりねぇんだ」


そして、受話口から低く響いた声。


「外を、見てください」


同時にカーテンを開ける、結志と金田。


その目に映ったのは──

ビルを包囲する、黒塗りの車と、無言の男たち。

無骨なスーツに身を包み、明らかに“ただの訪問者”ではない。


喉が、鳴らなかった。


電話の向こうの声が続く。


「申し訳ないが──おふたりとも、“消えて”もらいます」


金田の顔が怒りに染まり、歯ぎしりすら聞こえた。


「ふろうどのやろう……! ふざけんな、クソがァ!!」


その怒声に、結志の胸に何かが走る。


痛みのような、でもどこか温かい感情。


視界が、一瞬、色を変えた。


──少年時代、血を吐いて倒れた自分。

──雨の中、叫びながら誰かを庇おうとした父。

──崩れるように倒れた母と、それを支えようとした小さな手。


「……っあ……!」


記憶が、閃光のように蘇る。


ふたりの視線がぶつかる。


敵同士だったはずのその瞳に、同じ炎が宿っていた。


ここには、確かにいたのだ。


悪意に飲まれかけながらも、最後まで“抗おう”とする者たちが。



【次回予告】


第12話:悪意にだって命がある


包囲されたビルの中、金田は命をかけて結志を守ろうとする。

過去を背負いながら、彼が最後に残した一言──


「……そのノートに、俺の言葉を残してくれや」


償いと、哀しみと、わずかな優しさ。

その言葉を、結志は──4ページ目の裏に静かに綴る。





「偽善者って言葉、俺は嫌いじゃない」──結志のその一言に、すべてが詰まっている気がします。


怒りに飲まれそうになりながらも、踏みとどまる強さ。

記憶に刻まれた痛みを、ただの復讐にしない覚悟。


そして、敵だと思っていた相手と、一瞬だけ“同じ目”で何かを見つめることになる。


誰もが「怒っていい理由」を持っている世界の中で、それでも「前に進む」選択をした結志。


次回、命を賭けた覚悟の先に何が待っているのか──

ぜひ、第12話も読んでいただけたら嬉しいです。

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