第11話 それぞれの悪意
10年越しに再会した相手は、過去のトラウマそのものだった。
「殴り返す」ことは、ほんとうの“勝ち”なのか。
過去と向き合うこと。
怒りを超えて、“未来を選ぶ勇気”を持つこと。
これは、ひとりの青年が“復讐よりも深いもの”に気づいていく、そんな瞬間の物語です。
*
金田の言葉が、室内に重く沈んだ。
「……リベンジマッチ、してやってもいいぜ?」
その一言で、結志の中に眠っていた記憶が、津波のように押し寄せる。
鈍い頭痛。
癒えきらない傷跡。
泣いていた両親の顔。
あの時すべてを壊された瞬間が、鮮やかに蘇る。
結志はゆっくりと、椅子の肘掛けに手を添えた。
指先が震えながらも、爪が沈むほど強く握る。
けれど、立ち上がらない。
ただ、金田の目を見据え──わずかに、口角を上げた。
「……今ここで暴れます?
でも、社内には監視カメラもあるし。
通報されたら、警察がすぐ来る。
“10年ぶりの再会”にしては、1分で終わるのはもったいないでしょ?」
金田の笑みが、ピクリと引きつる。
「随分と、口が回るようになったな……クソガキが」
「記憶は曖昧でも、痛みは忘れてませんよ。
──でも、今回は俺が“勝つ番”です」
ゆっくりと、結志は立ち上がった。
怯えを隠すためじゃない。
“怒りを超えた怒り”を、静かに抱えて、制御するために。
「……金田さん、でしたよね。
じゃあ、ひとつだけ聞かせてください。
あなたにとって、“勝ち”って、なんですか?」
金田は鼻で笑った。
「勝ち? そりゃムカつく奴を、ぶっ飛ばせたらだろ」
「……じゃあ、あの時みたいに僕をぶっ飛ばすってことですか?
それって、信念もクソもなくて、ただの自己満じゃないですか。
……正直、カッコ悪いです」
「はん、そんなもん気にしてられるかよ」
「俺は、あなたを許す気なんてない。
でも、仕事はちゃんとしてるのはわかる。
中途半端だったうちの親とは違う。
……俺も中途半端が大嫌いなんです。だから、ここまで来た。
歳なんて関係ない。
“前に進む力”だけが、今の俺を支えてる。
でもあなたは、今“ただの感情”で動こうとしてる。
それ、仕事じゃない。復讐ごっこです。
──ここに、金を用意してあります。
取りに来たんでしょう? なら、持ってってください」
(場の空気が変わる)
金田「……」
結志「俺は、“勝ちたい”わけじゃない。ただ、“進みたい”だけなんです」
沈黙のあと、金田が吐き捨てる。
「……復讐もできねぇ奴が、正義ヅラすんなよ。偽善者が」
結志は微笑んだ。
「そうかもしれません。
でも、“偽善者”って言葉──嫌いじゃないですよ」
背を向け、歩き出す結志。
その足は、静かに震えていた。
拳も額も、汗で濡れていた。
でも、彼は確かに知っていた。
**「殴らなかった選択が、誰かを救うこともある」**と。
その瞬間。
金田がドアに手をかけようとしたその時──
結志のスマホが震えた。
表示されたのは「非通知設定」。
結志「……金田さん、電話です」
金田がスマホを受け取る。
画面を見たその目が、すっと細まる。
「非通知、か。……どこまで抜かりねぇんだ」
そして、受話口から低く響いた声。
「外を、見てください」
同時にカーテンを開ける、結志と金田。
その目に映ったのは──
ビルを包囲する、黒塗りの車と、無言の男たち。
無骨なスーツに身を包み、明らかに“ただの訪問者”ではない。
喉が、鳴らなかった。
電話の向こうの声が続く。
「申し訳ないが──おふたりとも、“消えて”もらいます」
金田の顔が怒りに染まり、歯ぎしりすら聞こえた。
「ふろうどのやろう……! ふざけんな、クソがァ!!」
その怒声に、結志の胸に何かが走る。
痛みのような、でもどこか温かい感情。
視界が、一瞬、色を変えた。
──少年時代、血を吐いて倒れた自分。
──雨の中、叫びながら誰かを庇おうとした父。
──崩れるように倒れた母と、それを支えようとした小さな手。
「……っあ……!」
記憶が、閃光のように蘇る。
ふたりの視線がぶつかる。
敵同士だったはずのその瞳に、同じ炎が宿っていた。
ここには、確かにいたのだ。
悪意に飲まれかけながらも、最後まで“抗おう”とする者たちが。
⸻
【次回予告】
第12話:悪意にだって命がある
包囲されたビルの中、金田は命をかけて結志を守ろうとする。
過去を背負いながら、彼が最後に残した一言──
「……そのノートに、俺の言葉を残してくれや」
償いと、哀しみと、わずかな優しさ。
その言葉を、結志は──4ページ目の裏に静かに綴る。
*
「偽善者って言葉、俺は嫌いじゃない」──結志のその一言に、すべてが詰まっている気がします。
怒りに飲まれそうになりながらも、踏みとどまる強さ。
記憶に刻まれた痛みを、ただの復讐にしない覚悟。
そして、敵だと思っていた相手と、一瞬だけ“同じ目”で何かを見つめることになる。
誰もが「怒っていい理由」を持っている世界の中で、それでも「前に進む」選択をした結志。
次回、命を賭けた覚悟の先に何が待っているのか──
ぜひ、第12話も読んでいただけたら嬉しいです。
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