第10話 空白の5年間

「幸せになったはずなのに、どうして満たされないんだろう」


目標を叶えても、心が埋まらない日がある。

“意味”のために走り続けたのに、気づけば足元にぽっかりと空いた空白。


それは、置き去りにした過去が、静かに牙を剥く音だった。


──第10話「空白の5年間」

失われた時間の記憶が、ついに動き出す。



両親への手紙を、そっと机の引き出しにしまったあと。

俺は、静かに歩き出していた。


胸にあったのは、たったひとつの想い。


「この夢は、自分との約束だ。

会社を成功させる。それが、俺の“意味”になるんだ」


そうして俺は、不動産会社の設立に向けて奔走し──

そして、ついに会社は軌道に乗った。


売上は右肩上がり。

社員も育ち、世間の信用も手に入れた。


……だけど。

なぜだろう。


社長室のソファに体を預けるたび、

胸の奥に、妙な“空洞”が広がっていく。


「これが俺の目標だったはずなのに……

なのに、どうしてこんなにも、満たされないんだ?」


そんなときだった。

受付から内線が入る。


「社長、金田という方が……」


聞き覚えのない名前だった。

だけど、どこか冷たい風が、背中を刺す。


──ドアが開いた。


現れた男は、見るからに柄が悪かった。

鋭い目つき。場の空気を支配するような威圧感。


瞬間、俺は無意識に拳を握っていた。


金田

「……お前、あの時のガキじゃねえか」


言葉が、空気を凍らせた。


田中さんの言葉がよみがえる。


“君は何者かに殴打され、意識を失っていた”


まさか──この男が?


声を整え、表情を保つ。震えを抑えながら問いかける。


「僕をご存じなんですか?

……記憶がなくて、20歳から25歳まで、意識不明だったと聞いています。

もし昔、どこかで会っていたのなら……教えてください」


内心、息が詰まりそうだった。


金田(鼻で笑って)

「10年くらい前の話だな。

お前の親が借金返せなくてよ、俺たち借金取りが回収に行ったんだ。

そしたら、生意気に両親を庇うガキが出てきてなぁ──」


「……そいつが、お前だ」


頭の奥が真っ白になる。


怒り、恐怖、嫌悪。

あらゆる感情が、一斉に押し寄せてくる。


金田(ゆっくりと)

「俺が、お前をぶん殴って、病院送りにしてやったんだよ。

まさか生きてたとはなあ」


口角をゆがめて、男は笑う。


「リベンジマッチしてやってもいいぜ?」


足が震えた。

心臓がざわめく。

でも──逃げられなかった。


このとき、はっきりと感じた。


“本当に弱い奴”ってのは、

自分が“強い”と疑わずに人を踏みにじる奴のことだ。


俺は、まだ弱い。

けれど、あの頃の俺とは違う。


俺は、逃げたくなかった。



✅ 次回予告:第11話「それぞれの悪意」


暴力。支配。偽善。そして復讐。

それぞれが信じた“正しさ”と“悪意”が、結志の前に姿を見せはじめる。


そして現れる、もう一人の“犠牲者”。


忘れていた記憶の中に、

本当の痛みが隠れていた。



読んでくれて、ありがとうございます。


どれだけ努力しても、逃げ切れない“過去”がある。

結志が目を背けてきた5年間。

それがどんなに苦しくても、彼は今、そこに向き合おうとしている。


“強さ”とは何か。

“弱さ”とは誰のことか。


答えはきっと一つじゃないけれど、

この先の彼の選択が、あなたの心にも何かを灯せたら嬉しいです。


次回――第11話「それぞれの悪意」

暴力も、偽善も、復讐も。

それぞれが信じた“正しさ”が、静かに交差していく。

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