第9話 それでも愛する両親へ
「思い出せない」という痛みが、じわじわと現実を侵食してくる。
少しずつ、記憶がつながりはじめた結志。
今回は、失われた時間を追いかけて“実家”へ戻ります。
写真と手紙、そして──衝撃の事実が彼を襲います。
*
気がつくと、俺は自分の部屋にいた。
……あれ?
昨日のことが、少しだけ――思い出せる。
全部じゃない。けれど、枕元のメモ帳をめくった瞬間、バラバラだった言葉が“点”になって繋がりはじめた。
「……そうか。記憶って、全部が消えるわけじゃないんだ」
思い出せなかったはずの両親の顔が、ふっと浮かぶ。
その瞬間、吐き気が込み上げ、床に手をついて堪える。
肝心なことが……どうしても、思い出せない。
電話が鳴って、何かが起きて、俺は実家に向かった。そこまでは確かに覚えてる。だけど――
「……くそっ」
小さく、床を叩いた。
でも、わかったんだ。
“忘れた”んじゃない。
“定着できなかった”だけなんだと。
そう思えたとき、ノート4ページ目にあった手紙の意味が、ほんの少しだけ掴めた気がした。
──もう一度、実家に行こう。
両親の“思い出”に触れたくなった。
それが、記憶を取り戻す鍵になる気がした。
久々に訪れた実家は、まるで空き家のように寂しかった。
でも、その空気には、確かに懐かしさがあった。
引き出しの奥に、家族写真の束を見つけた。
「うわ……俺、鼻水垂らしすぎだろ……」
幼い頃の俺。釣り竿を握って笑う写真。
母に抱かれて眠っている赤ん坊の俺。
花畑でピースしている俺。
車の中で豪快によだれ垂らして寝てる俺。
ページをめくるごとに、記憶が“現実”として胸に流れ込んでくる。
喧嘩した日、泣いた日、抱きしめてくれた両親――
胸がギュッと締めつけられた。
……ん?
写真が、成人式以降は一枚もない。
そう思ったとき──チャイムが鳴った。
「こんにちは。あら、結志くん……?」
近所の田中さんだった。
両親と仲がよく、ずっと実家を気にかけてくれていたという。
俺は、単刀直入に尋ねた。
「田中さん。僕……20歳から25歳までの記憶が、抜け落ちてるんです。
そのあいだ、僕は……何をしていたんですか?」
田中さんの顔が、凍りついたように動かなくなる。
「……結志くん、その5年間……あなたは“意識不明”だったのよ。
誰かに頭を殴られて……血まみれで倒れてたって……」
「……え……?」
時間が止まった。
思考も、言葉も、すべて。
ズキッと頭が痛み、呼吸がうまくできなくなる。
目の前がグラグラと揺れて、現実が崩れていく。
「……っ、く……う……」
膝が崩れ、床に倒れ込む。
そのまま、意識を手放した。
──
目が覚めたとき、俺は、静かに手紙を書いていた。
宛先は、両親。
⸻
『お父さん、お母さん。
俺は、まだあなたたちを“愛してる”って言えるかはわからない。
でも、それでも……
もう一度、前を向こうと思ったよ。』
⸻
書き終えた手紙を、ほんの少し震える指で机の引き出しへとしまう。
その余韻だけが、静かに心に残っていた。
⸻
次回予告
第10話『空白の5年間』
命を落としかけた、あの夜――
そこにいたのは、たったひとり。親友“犀(さい)”だった。
目を覚ました日、最初に隣にいた男。
彼の存在が、物語の再スタートを告げる。
そして結志は、夢の実現と復讐を天秤にかけながら、
「信じる者」として、再び歩き出す。
*
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
書いている途中、結志の「言えない気持ち」や「震える指」に、自分の過去と重なるような感覚がありました。
“思い出したくない記憶”と、“思い出せない大切な記憶”。
その境界で揺れる彼の姿を、これからも描いていけたらと思います。
次回、第10話『空白の5年間』。
いよいよ物語は、“過去と対峙する章”へと進みます。
どうか見届けてください。
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