第8話 4ページ目

「信じたこと」は、間違いだったのか。

騙された両親。借金まみれの現実。そして、ぽっかり空いた死の穴。


涙すら出ないほどの喪失の中で──

ユウシは、“名前”と“想い”を思い出す。


ノートが4ページ目を刻む、第8話。



何も考えられなかった。

ただ呆然と、警察と救急車を呼ぶことしかできなかった。


「……畜生……畜生……!」


声にならない叫びは、誰にも届かず、夜の空気に消えていく。

──それでも、心のどこかで願っていた。

「まだ、生き返るかもしれない」って。


でも。

その期待は、まるでシャボン玉を誰かが目の前で割ったみたいに、儚く、砕けた。


命は──もう、どこにもなかった。


捜査は進まず、犯人は不明のまま。

足もつかず、真実は、ずっと宙ぶらりんのまま。


現実だけが、ずしりと重くのしかかっていた。


「……許さない。ふろうど……」


それなのに、涙は出なかった。

いや、出さなかった。


ユウシは、決めていた。

両親ができなかったことを、今度こそ自分がやり遂げると。

この借金を、必ず返すと。


──その時、ふと目に入った。

破れた食器の隙間に、くしゃりと折れたまま残っていた封筒。

宛名は「俺のアパート」、差出人は「父と母」。


震える手で封を開ける。

中から出てきた便箋には、丁寧な字でこう綴られていた。


この手紙を見る頃、お前はもう夢を持てただろうか。


私たちは会社がなくなり、借金取りに追われている。

本当に情けない。


ノートに、この言葉だけは書いておいてほしい。


この世で悪いのは、騙す奴じゃない。

信じる先を間違えた奴だ。


親愛なる、藤本結志へ。


──父と母より。


読み終えた瞬間、全身に電流が走るような衝撃が駆け抜けた。


「……結志……? 俺が……」


そう、そこに書かれていたのは──

忘れていた、**俺の“本当の名前”**だった。


ユウシは、**藤本結志(ゆうし)**だった。


気づけば、俺はそっとノートを開いていた。

震える手で、4ページ目の下に、ゆっくりとペンを走らせる。



【記憶のない俺へ】


信じる先を間違えたのは、俺の両親じゃない。


騙されたことは、不幸かもしれない。

でも──騙されるほど、誰かを信じたその気持ちは、誇っていい。


だから俺は、信じる。

あの二人が、最後まで信じた“未来”を。


俺は、藤本結志だ。

忘れても、また名乗ればいい。

信じることを、諦めないために。



ページを閉じると、まだインクの匂いが残っていた。

それがまるで、“言葉が生きてる”証みたいで、少しだけ救われた気がした。



◆次回予告


第9話『それでも、愛する両親へ』


信じた先が間違っていたとしても、

信じたことそのものまで、間違いだったとは思わない。


名前を取り戻した俺は、

両親を「赦す」のではなく──「受け継ぐ」と決めた。



この回は、藤本結志としての“目覚め”の物語です。


誰かを信じた両親を、否定することは簡単だった。

でも、彼はそうしなかった。

「信じたこと」を誇り、「受け継ぐ」と決めた。


優しさの奥にある強さを、

自分の名前に宿して、彼はまた一歩、前に進みます。


次回は──過去と真正面から向き合う回。

より深く、より熱く。想いを継ぐ物語が続きます。

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