第8話 4ページ目
「信じたこと」は、間違いだったのか。
騙された両親。借金まみれの現実。そして、ぽっかり空いた死の穴。
涙すら出ないほどの喪失の中で──
ユウシは、“名前”と“想い”を思い出す。
ノートが4ページ目を刻む、第8話。
*
何も考えられなかった。
ただ呆然と、警察と救急車を呼ぶことしかできなかった。
「……畜生……畜生……!」
声にならない叫びは、誰にも届かず、夜の空気に消えていく。
──それでも、心のどこかで願っていた。
「まだ、生き返るかもしれない」って。
でも。
その期待は、まるでシャボン玉を誰かが目の前で割ったみたいに、儚く、砕けた。
命は──もう、どこにもなかった。
捜査は進まず、犯人は不明のまま。
足もつかず、真実は、ずっと宙ぶらりんのまま。
現実だけが、ずしりと重くのしかかっていた。
「……許さない。ふろうど……」
それなのに、涙は出なかった。
いや、出さなかった。
ユウシは、決めていた。
両親ができなかったことを、今度こそ自分がやり遂げると。
この借金を、必ず返すと。
──その時、ふと目に入った。
破れた食器の隙間に、くしゃりと折れたまま残っていた封筒。
宛名は「俺のアパート」、差出人は「父と母」。
震える手で封を開ける。
中から出てきた便箋には、丁寧な字でこう綴られていた。
この手紙を見る頃、お前はもう夢を持てただろうか。
私たちは会社がなくなり、借金取りに追われている。
本当に情けない。
ノートに、この言葉だけは書いておいてほしい。
この世で悪いのは、騙す奴じゃない。
信じる先を間違えた奴だ。
親愛なる、藤本結志へ。
──父と母より。
読み終えた瞬間、全身に電流が走るような衝撃が駆け抜けた。
「……結志……? 俺が……」
そう、そこに書かれていたのは──
忘れていた、**俺の“本当の名前”**だった。
ユウシは、**藤本結志(ゆうし)**だった。
気づけば、俺はそっとノートを開いていた。
震える手で、4ページ目の下に、ゆっくりとペンを走らせる。
⸻
【記憶のない俺へ】
信じる先を間違えたのは、俺の両親じゃない。
騙されたことは、不幸かもしれない。
でも──騙されるほど、誰かを信じたその気持ちは、誇っていい。
だから俺は、信じる。
あの二人が、最後まで信じた“未来”を。
俺は、藤本結志だ。
忘れても、また名乗ればいい。
信じることを、諦めないために。
⸻
ページを閉じると、まだインクの匂いが残っていた。
それがまるで、“言葉が生きてる”証みたいで、少しだけ救われた気がした。
⸻
◆次回予告
第9話『それでも、愛する両親へ』
信じた先が間違っていたとしても、
信じたことそのものまで、間違いだったとは思わない。
名前を取り戻した俺は、
両親を「赦す」のではなく──「受け継ぐ」と決めた。
*
この回は、藤本結志としての“目覚め”の物語です。
誰かを信じた両親を、否定することは簡単だった。
でも、彼はそうしなかった。
「信じたこと」を誇り、「受け継ぐ」と決めた。
優しさの奥にある強さを、
自分の名前に宿して、彼はまた一歩、前に進みます。
次回は──過去と真正面から向き合う回。
より深く、より熱く。想いを継ぐ物語が続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます