第6話 ユウシと融資

「初めまして。ユウシと申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


深く一礼し、スーツの襟を正す。


目の前の男は、にこやかに頷いた。


「やあ、ユウシくん。初めまして。**風楼堂(ふろうど)**といいます。よろしく」


彼は名刺を差し出し、自然に握手を交わした。


まるで、ごく普通の商談のような始まりだった。



「単刀直入に伺います。今回は、いくらまでご融資いただけますか?」


俺の言葉に、ふろうどは肩をすくめて笑った。


「君が望む分でいいよ?」


「では……100万円、お願いできますか」


「うん。それなら、ここにサインしてくれるだけで大丈夫」


契約書に視線を落とし、ペンを走らせる──その途中で、ふと手が止まる。


胸の奥に、妙なざらつきがあった。


言葉か、空気か、それとも──本能か。


一つだけ確かなのは、

この男とは、出会ってはいけなかったということ。



「よし、じゃあ──手渡しでいいよね」


(……手渡し? 融資って、そんなものだったか?)


内心で疑念が膨らむが、表情は崩さない。


ふろうどの手から、封筒が渡される。


中身は、分厚い紙幣。


──けれど重さが、金ではない“何か”に変わっていく。



そのとき、ふろうどが何気なく訊ねてきた。


「そういえば、ご両親とは仲良くしてる?」


「……実は、記憶を失っていて。両親のことも、まったく覚えていません」


「……そうか、それなら──まぁ、いいんだけど」


彼はふっと視線を逸らし、スマホを耳に当てる。


「──ああ、俺だ。……うん……そう。了解」


短い通話を終えると、柔らかい声で言った。


「ユウシくん。ちょっとだけ話があるんだ。そのまま聞いてくれる?」



その瞬間、悟った。


この男は──知っている。


いや、それ以上だ。

これから俺の“過去”を暴こうとしている。


背筋を冷たい汗が伝う。


封筒の重さが、過去そのものに変わっていく。



「君の──ご両親の話だよ」


ふろうどはゆがんだ笑みを浮かべる。


その目は俺を、舐めるように見ていた。


──不快だった。

──でも、耳を塞ぐことはできなかった。



次回予告


第7話『覆らない現実』


ふろうどは、最初から知っていた。

ユウシの“記憶喪失の理由”。

そして──両親がどんな最期を迎えたのかも。


今、笑いながらそれを告げようとしている。


それは、成り上がりの序章か。

それとも──復讐の始まりか。


運命が揺れ始める。

ユウシはまだ、その意味を知らない。

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