第20話 匠と茜④

「週末どっか行こーぜ!」


 うるさい電子音が響く中、でっかい声で匠くんが言った。


「どっかって、どこ?」


 私も負けじと、大きな声で返事した。


「どこでもいーよ、茜の好きなこと」

「ディズニーランド!」

「おう!」


 仕事帰りに、ダーツバーに来るのが日課になってしまった。

 ここに来れば匠くんに会える。まだ退職はしてないけど、匠くんは新オーナーとして、ここで働き始めている。たぶん、今後、週末に出掛けるなんて出来なくなるんだろうな。思いっきり甘えちゃおうっかな。


「ペアルックしたい!」

「おう!」


 ちゃんと聞こえてんのかな?ミッキーとミニーのカチューシャを着けて歩くつもりだけど……どんな顔するか楽しみっ!




 □




 茜とディズニーか、最高だな。

 しかも俺とペアルックが着たいだと……超、いーな!


 営業ってのは、外回りの時間に自由が利いていい。


「いらっしゃいませ~」


 やっぱ、これだろ。茜に似合いそうだ。

 俺はディズニーショップで黒と赤の水玉Tシャツを買った。


「ご自宅用でよろしいですか?」

「はい」


 会社でこの袋を見られたくないから、きっちりと畳んで鞄に詰めた。


 今週末はダーツバーに行けないと言ってある。

 今、バイトで来てくれてる子たちは、オーナーから引き継いだ後も、俺の店で同じ条件で継続してくれることになった。


 金曜の夜、茜をお持ち帰りし、翌朝、早起きをして向かう約束だ。

 あー、マジ楽しい。




 □




「もうすぐ、終わるから」

「はーい」


 ダーツしながら、匠くんのお仕事が終わるのを待つ。


「明日、ディズニー行くんだって?匠に、めっちゃ自慢された」

「えへへー、私も楽しみー」

「香織ちゃん、俺たちも行こうよ」

「お金ないでしょ!」


 香織と勇太君は、結婚式を挙げるために貯金を頑張ってるらしい。

 こんなとこで(って言っちゃダメだけど)、飲んでたら貯まらないんじゃない?……なんて、余計なお世話だね。ガンバレ。


 匠くんと手を繋いで帰る。

 もうすぐ買い手が決まるらしい、匠くんのマンションに泊まる。

 私も拓海のマンションから出て行かなきゃだから、一緒に住む部屋を探している。


「はい、茜の」


 可愛い袋をもらった。


「ディズニーショップ?なんで?明日、行くのに……えっ!」


 赤地に白い水玉のTシャツ。


「これ、着てくの?」

「おれ、これ」


 そう言って、黒地に白い水玉のTシャツを、体に当てて見せる匠くん。


「は……はず……」

「なに言ってんだよー!茜がペアルックっつったんだろぉ」


 ほっぺをブーとする匠くん、か、かわいい!


「だね。そだね。さ、寝よっか」




 □




「すげぇ人だな……」


 想像はしてたけど、そんなの軽く超えてきた。


「来たのなんて、中学生以来だ、俺」

「そうなの?私は何度か来てるよ」


 誰とだよ、なんて聞いたらダサいよな。きっと女友達に違いない。


「高校の部活のお友達、まーちゃんとかちーちゃんとか、あと、香織とも一回来た」


 ほーら、やっぱり女じゃないか。


「ねぇ、こっち」


 そう言って、茜に手を引っ張られる。


「入って早々、土産は買わなくていいだろ?邪魔になる……」

「お土産じゃない」


 俺の頭に耳を付けられた。茜も……なんて可愛いんだ。


「私がしたかったのは、これなの、へへ」




 □




 カチューシャは頭痛くならないかな?と思ってたら、ふわふわしてて、意外と平気だった。

 Tシャツと同じ模様のリボンが乗った、丸い耳を着けた。匠くんには小さなシルクハットが着いた丸い耳を着けてもらった。めっちゃ可愛い。


「匠くん、耳、似合ってる」

「茜もな」


 乗り物の行列に何時間並んだって、匠くんとなら楽しい。

 こういうデートに憧れてた。年甲斐もなくって自分でも思うけど、楽しいもんは楽しい。


「ねぇ、ポップコーン食べよう」

「ああ、首から下げるやつ買うか」


 匠くんはちっとも嫌がらない。


「チュロスも食おうぜ。こういうデートしてみたかったんだよなー、最高だなー!」


 やばい、泣きそう。




 □




「寒くなって来たか?」


 もうへとへとだろうと思うけど、夜のパレードを見たいという茜の肩を抱いた。

「平気」と言いながら、俺の腰に手を回してくる。やっぱり少し寒いか。

 背中に回って、覆いかぶさるように抱く。茜の丸い耳が顔に当たる。


「来たよ!」


 嬉しそうに言いながら振り返った茜の唇を奪う。

 恥ずかしそうに前を向いちゃった茜を、ぎゅっとする。もう離さない。




 翌日、土産を持って緑に会いに行った。茜を連れて。


『飯おごってやるから、福ちゃんと来い』って送ったら、秒で『どこ?』って返ってきた。


 茜が好きそうなカフェに入る。

 少し残酷かな、と思わないでもなかったけど、はっきりさせた方がいいと思った。


「おまたせ」


 緑が俺の前に、匠先生が茜の前に座った。


「福ちゃんと付き合ってます。緑です」


 お前、すごい根性してるな。


「茜です」


 これが普通だよ。


「たっくんと付き合ってるの?」

「はい」


 匠先生、なんて顔してんだよ。見てらんねーよ。


「おい。ばか緑、俺のことは兄貴だって、そいつにちゃんと言え」

「あ?なんのこと?言ってなかった?」

「え、だって、緑さん、たっくとは家族じゃないって……」

「んー。血繋がってないし、苗字も違うし」

「連れ子同士の再婚で、もう離婚してんだよ」


 ポカンと口を開けてる、匠先生の意外な一面って感じだな。


「殴って悪かったよ」

「いえ。殴ってくれてよかったです」


 そういうこと言うのやめろよ。


「緑のこと、よろしくな」

「精一杯頑張ります」


 やりずれーな。


「茜は俺と暮らすから」

「お幸せに」

「お前らもな」


 定番のお菓子を緑に渡して、茜と席を立った。


「匠くん、えらいね」

「なにが?」

「殴ったこと、ちゃんと謝って……あと、緑さんのこと……誤解を解いてくれてありがとう」


 茜の為なら何でもするさ。



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