第19話 匠と茜③
翌朝、月曜。
4:45 いつも通り起床
6:00 いつもと同じサプリとプロテインで朝食
8:10 始業より50分早く出社
いつも通りは大事だ。生活のリズムを崩すと、心のバランスも崩してしまいそうだから。
「秋田さん、おはようございます」
「え?早くない?」
いつも始業時間ギリギリアウトに滑り込んでくる後輩君が、もう来た。
「秋田さんの仕事量、っぱねーっすから」
「引き継いだ仕事、頑張ってくれてるんだね、ありがとう」
私はさっきコンビニで買った、パンを出した。
「同じっすね」
後輩君がいつも食べている、イチゴジャム&マーガリン。
「食べてみようかなって」
ルーティンは大事だけど、新しいことに挑戦しないのは勿体ない。
興味があることには、積極的になってみよう。
「そう言えば、福岡さんが動画配信者だったっで知ってます?」
「うん。匠先生ね」
「ですよね。彼女っすもんね」
「別れたんだ」
「まーじーっすか?」
「まじ」
せっかく早く出社して、後輩君とただおしゃべりしてるだけ。
こんな時間の過ごし方も悪くないのかもな。
午前中の会議を取り仕切る。
プロジェクトメンバーを集めて、手がけている不動産会社向けセキュリティシステムの進捗状況を確認する。
「仕上がってますね。今日の午後、伺えるか先方にアポを取ってみます」
匠くんの会社に電話をかける。
「秋田と申します。営業の三重様にお取次ぎ願います」
「お電話代わりました、三重です」
「こんにちは。秋田です。例のセキュリティの件ですが、本日お時間いただけますか?」
「16時からなら大丈夫です」
「急なお願いですみません。4名で伺います」
「承知しました」
「それと……別件で……」
緊張する。
「その後……少しお時間をいただけないでしょうか……」
「承知しました。では、後ほど」
電話を切った。
言いたいことがある。
もし、緑さんと別れてフリーなのであれば、私と付き合ってくださいって言う。
同僚を引き連れて伺った会議は順調に進み、退職する匠くんの後任を紹介してもらった。
スムーズに事が運び、なんとなく挨拶をして、みんなで一緒にオフィスから出て来てしまった。
どうやって戻ればいいのだろう、私からお願いしたのに……
「秋田さん!」
匠くんが追って来てくれた。
「渡し忘れてたものがあって、すみませんが、取りに戻ってくれませんか?」
「はい!」
同僚に言った。
「私、行ってくるので、みんなは、もう直帰していいです」
「「「お疲れさまでした」」」
匠くん!
「ありがとう」
「鞄取ってくるから、ちょっと待ってて」
匠くんとダーツバーに来た。
「今日、休みなんじゃない?」
ネオンが付いてない暗いお店は、少し怖かった。
「定休日なんだ」
そう言って、匠くんは鍵を開けた。
「入って」
「おじゃまします」
電気がついて、店内はいつも通りだけど、音が無いのが新鮮だった。
「もう、鍵もらったんだね」
「ああ。何飲む?ビールサーバー冷えてないから、ボトルになるけど」
「え、あ、うん。大丈夫かな」
断った私の前に、匠くんは冷えたコーラのボトルを置いてくれた。
「乾杯」
「かんぱい」
うわぁ、緊張する。
告白って、こんなに緊張するものなのか。
「あ、のね……匠くんが緑さんと別れたなら……」
「ちょ、ちょ、まって!」
匠くんがコーラを吹き出した。
「やべ。汚ね。ごめん」
カウンターを拭きながら、こっちを見た。
「俺と緑がなんて?」
「拓海から聞いたの。付き合ってたって……」
この時の匠くんの顔は、世界一かわいかったと思う。
「はぁ?!ははははっははっは」
匠くんが爆笑してる。
「なんか、変だった?」
「いやー。匠先生、ヤバいな。あー、緑だからな、仕方ないかー」
「匠くん?」
「緑は妹だったんだ」
「ん?」
カウンターの向こう側にいた匠くんが、隣に来て座った。
「連れ子同士の再婚でさ、緑が小4だったかな……一緒に住んでた時期があって、緑が中学生くらいまで俺も実家にいたんだけど、一人暮らし始めて、その後、親が離婚してさ……」
「そうだったの」
匠くんは事も無げに話しているけど、私には想像もできない。
「緑はすげー荒れて、今のマンション買ったばっかだった俺んとこに来て……今に至る」
「そっか」
「あいつ、ちゃんと匠先生に言ってなかったのか」
「昨日、あった時に、顔、すごいことになってて」
あ、叱られた犬みたいな顔した。これも、かわいいかも。
「つい、カッとなって」
「緑さんは元カノじゃなかったんだね」
「なんだよ。ホッとしたみたいな顔して」
「だって……」
なんて言えばいいのかな。
「彼氏が浮気してんだぞ。もっと怒れよ」
「怒れなかった。正直、ホッとした」
「は?」
「私、匠先生のこと、好きじゃなかったみたい」
「はあ?」
至極、まっとうな反応だよね。
「あんなに好きだったじゃねーか」
「憧れてた、尊敬してた」
「だよな」
「でも、ドキドキしなかった、恋してなかった」
分かるのに、10年もかかって馬鹿だよね。
「あのさ、茜……」
「匠くんのことが好きです!」
「え」
「私と付き合って欲しい!」
言えたぞ。
全身が鳥肌で、痛い。
「俺が言おうと思ってたことを……」
「私が先に言いたかった」
匠くんが立って、座ってる私の顔を両手で掴んだ。
見上げる。
匠くん、カッコイイ。
ドキドキする。
キス
あぁ……気持ちい……
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