第21話 匠と茜⑤

「おお!似合う!可愛いよ、茜ってば、たぶん香織ちゃんよか可愛い!」

「いや、今日は香織が主役だから、そういう事、言っちゃダメ」


 時間通りに会場に着いた。

 ウェルカムドリンクをもらって、匠くんと談笑をする。


「やっば、ギリ、間に合った」


 緑さんと、拓海が汗だくで入ってきた。


「もう、茜さん、福ちゃんの遅刻癖、何とかしてください」

「……」

「はぁ?茜になんとか出来るわけねーだろ。甘えんな」


 息が切れて、話すことも出来ない拓海。どうしたの?


「せめて、なにか、ヒントを!」


 緑さんに腕を捕まれた。


「え、そう言われも……」

「ケチッ」

「おい、緑!」


 匠くんが緑さんを睨んでる。


「怒んないであげて。なんて言うか……たく……福ちゃんが遅刻するとこ、私、見たことがなくて……」

「げっ!マジ?」

「おい、緑!口が悪いぞ」

「あ、失礼。そーなの?福ちゃん」


 恥ずかしそうに頭を掻く拓海。


「なんか、緑の前だと気ぃ抜けちゃって」

「福ちゃん、ダメにしてんの緑だってよ」

「なんでそーなるのぉー」


 可笑しい。楽しい。幸せ。こんなのが一番いい。




 香織と勇太君の結婚式は、盛大だった。

 勇太君のお仕事の取引先が多かったけど、私たち友人枠もたくさんいて、盛り上がった。


 私たち4人は同じ円卓を囲んで食事をした。

 香織からは何度も相談と確認があったけど、これは私が希望した事だった。


 拓海と過ごした10年間は大切な思い出だ。

 遠回りはしたけど、後悔はしていない。

 こうして、匠くんに素直になれたのは、あの10年があったからこそだ。


 緑さんに世話を焼かれてる拓海が、別人のようで面白い。

 振り回されてるように見えるけど、それがいいんでしょ?好きなんだよね。分かる。

 私だって、匠くんに心を振り回されてる。ぶんぶんとね。


「やっぱり、茜の方が可愛い」


 耳元で囁く、匠くん。

 言っちゃいけないこと、やっちゃいけないこと、分かってるけどやっちゃう、押さえきれない、きっと人を好きになるってこういう事なんじゃないかな。


 私はそれを、二十歳の時に経験してた。

 匠くんは最初から、私に同じように接してくれていた。


「匠くんも、この会場で一番かっこいい」


 耳に口を近付けて、言った。


「やべぇ」


 なにが、どう「やべぇ」のか分からないけど、嬉しそうだからいっか。




 香織と勇太君がテーブルに回ってきてくれた。


「なんか、いーっすね、納まるとこに納まったつーか」

「余計なこと言わないの!」


 香織が勇太君の足を踏んだっぽい。

「ぎゃえ」って小さな悲鳴が聞こえた。


「だって、ホントなんすよ。匠も緑ちゃんも、匠せんせーもさ、茜っちだって、みーんな今ハッピーだよな?」


 目を潤ませる勇太君。


「うん、ありがとう」

「そうだな」

「はい」

「きもい」


 それぞれにお礼の言葉を述べた。




「素敵な挙式だったね」


 勇太君の会社の人が主催する二次会には行かなかった。

 ダーツバーの営業があるから、そのままの格好で来たけど、緑ちゃんがもう少し一緒に話したいと付いて来ていた。


「たっくんのお店ってここ?」

「ああ」

「ビールちょーだい」

「バカ言え」


 開店と同時に、着飾った私たちで店は華やいだ。


「匠先生、何飲む?」

「コーラを」

「酒、飲めねーの?」

「強くない」


 緑ちゃんと拓海にコーラのボトルが出てきた。


「ビール、ちょっと待ってな」

「うん」


 カウンターの中で準備を始める匠くん。


「俺さ、学生の時、ここでバイトしてたんだけど」


 カウンターに並んで座る私たちに話しかける。


「毎日さ、匠先生とあかねえの動画、見てたんだわ。ここで、こうして」


 両肘をついてスマホの画面を顔の前に持ってくる姿。当時の匠くんを想像できる。


「二人のこと、マジでリスペクトしててさ、大好きだったんだよ」

「私、知ってる。たっくん、勇太とやってるチャンネル、はずいって言ってた」

「勇太にはゆーなよ」

「へへ」


 グラスにビールを注いで出してくれた。


「匠先生が凄すぎてさ、それが言い訳になるはずないんだけど……茜に嘘つたこと後悔してる」


 思ってもみないことを匠くんが言いだして、焦る。


「あの時、ついた俺の嘘で、なんか、こんなこじらしちゃって悪かった」

「そんなこと、気にしてたんですか?」


 拓海ってば。コーラじゃなくて、私のビール飲んでる。


「そんなことって……」

「見た目より、気がちっさいんですね」

「福ちゃん?」


 緑さんがニヤニヤして、拓海を見てる。

 私の方を見て、緑さんが、口をパクパクしている……なんて、言ってる?


(くるよ、くるよ)


 何が、くるの?


「たっくんはカッコ良すぎるんですよー!」


「きたー!」そう言って爆笑してる緑さん。


「たっくんは、見た目がいいのに、中身も真面目で、一途で、ズルいんですよ。あんたみたいな主役級の人が傍にいると、俺たちはただのモブにしか見えないんですよ!」


 こんな、暴言吐いて……どうしたの拓海……驚きで言葉が出ないよ……私。


「もう、最近、ずっとこれ!」


 緑さんがゲラゲラ笑いながら、見てる。


「勇太と酒飲んで、いっつもこの話!」

「はあ?お前ら、酒飲んで俺の悪口言ってんのかよ。たちわりぃ」

「たちが悪いのはですねぇ……ひっく……あんたなんれすよ……ひっく」

「やべぇ、酔っ払いだなぁ」

「大丈夫、いつもの事だから、連れてくね」


 緑さんは手際よく荷物をまとめて、拓海を連れ帰った。


「本当は、あんなやつなのか?」

「まさか……初めて見たよ」


 呆然とする私に、匠くんが近づいて来て、腰に腕を回してくる。


 静かになった店内で、向かい合って、見つめ合って、軽いキスをした。


「言いたいことがあるんだけど、今、いいかな」

「あ、だめ、私が先に言いたい」

「「結婚しよう」」




 完



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三十路な私たちの複雑な関係について あおあん @ao-an

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