第17話 匠と茜①

 今日は戻るって言ってた拓海から、やっぱり来られなくなったと連絡があった。

 一人で過ごすのも何だし、香織とご飯を食べようと思って、作った料理を持って遊びに来た。


「え?今から?」


 香織が携帯みて驚いてる。


「どうしたの?」

「勇太が飲みに来いって」

「あ、じゃ、私帰るね。これ、置いてくから、よかったら食べて」

「ねぇ!」


 玄関に向かおうとしたら、香織に呼び止められた。


「匠くんがいるんだって。一緒に行かない?」

「どこに行くの?」

「ダーツバー」

「行こうっかな」


 ここに来るのは二度目だ。


 匠くんとは、大学生の時に少しだけ付き合っていた。期間は短くても、私には刺激的で強烈な思い出となって残っている。この前、仕事で再会してから、匠くんの事ばかり思い出している。


 会うなり「ふざけんなよ」と匠くんは言った。

 暗くてよく見えなかったけど、泣いてなかった?涙を拭ったよね。


「怒んなよ、ここ来る前に、もう誘ちゃってたんだよ」


 勇太君が一生懸命、謝っている。


「私たちもビールください」


 香織が注文してくれた。


「ねぇ、ダーツしよ」


 香織は出てきたビールを持って、勇太君と行ってしまった。

 匠くんの隣に座る。


「お久しぶりです」

「ああ」

「突然、来ちゃってごめんね、香織に誘ってもらって……」

「匠先生はいいの?」

「あ、うん」


 しばらく会ってないなんて、言えないよな。

 この人は、かつて私に嘘ついてまで付き合いたいと思ってくれた人。あの時は、許せないって思ったけど、今となっては、あの愛情に胸を締め付けられる。


「仕事の方は、どう?」

「あ、えっと、報告が遅くなってごめんね。割と順調で、近々、SEの人達と訪問します」

「じゃ、その時、引継ぎするわ」

「ん?」

「俺、会社辞めんだわ」

「え!」


 ビックリした。すごい、成績いいって聞いてたから。


「ここ買い取って、オーナーやるんだ、な?」


 カウンターの向こう側にいる人に合図したら、あっちから親指を立てたポーズが返ってきた。


「じゃ、あの時の、買い取り、匠くんが?」

「ちゃんと聞いてたんだな」

「聞こえちゃったんだよ」


 なんか、嬉しかった。ここに来れば、いつでも会えるのか。


「俺たちもダーツする?」

「私が下手なの、知ってるくせに」

「やらなきゃ、ずっと下手なままだぞ」

「うっ……」


 香織と勇太君のゲームに混ぜてもらった。

 香織はまあまあ上手くて、勇太君は意外と下手で、匠くんは超、超上手かった……!


「匠くんがいたら、絶対勝てない!茜ズルい!次は、私と匠くんがチームになる」

「はぁ?俺と茜っちじゃ、勝負にすらならないじゃねーか」

「そーだ、そーだ」


 負けたくないんじゃない。匠くんとペアがいい。


「じゃ、せめてハンデちょうだいよ」

「いいよ」


 機械をいじる匠くん。


「ハンデなんて無くても勝とうぜ、香織!」

「どの口が言ってんのよ!へたくそ!」

「ひでー!」


 この二人はいつもこんな感じで、羨ましい。

 ケンカじゃなくて、言いたいこと言って、自分のカッコ悪いところも平気で見せあえる。私は拓海とこうはなれない。


 何度も投げてたら、たまに的にダーツが刺さるようになってきた。


「そうそう、うまいうまい」


 お世辞だって分かってるけど、おだてられるとやる気が出てくる。

 ルールもよく分かってないから、匠くんが、数字を言ってくれる。


「19狙え」

「じゅーきゅー、じゅーきゅー」

「6時と7時の間らへん」

「あった」


 どこに、どの数字があるかすら分からない。

 3本投げて、1本当たった。


「やった!」


 振り返ったら、匠くんが殴ってきそうになった。

 咄嗟に目を瞑った。


「ほれ」


 私の右手が、匠くんの手の平で優しく包まれた。

 匠くんは私の拳に、自分の拳を、トンと当てて「グータッチ」と言った。


「ああ」


 顔が熱くなった。暗いところでよかった。




 匠くんはオーナーと話があると言って、店に残り、香織と勇太君が送ってくれた。


「茜っち、今日、来てくれてありがとな」

「ううん。誘ってくれてありがとう。楽しかった」

「勇太君はよく行くの?あのお店」

「ああ、匠がバイトしてた頃から行ってるよ」

「バイトしてたの?」

「聞いてないか。茜っちと付き合ってた頃、匠はあそこでバイトしてたんだよ」


 知らなかった。


「匠くんもよく行くの?」

「いーや。まったく。この前、女の子連れて久々に来たって、オーナーが言っててさ、まさか茜っちとは思わなかったよ」


 匠くんがどこまで勇太君に話してるか分からなくて、お店の買い取りの話はしないでおこうと思った。


「茜っち、幸せ?」

「え?」

「匠先生に大事にされてる?」

「……」

「匠はさ、今も、ってか、ずーっと茜っち一筋だよ、だからさ」

「こら、出過ぎた真似すんな」


 香織が勇太君の耳を引っ張った。


「だって」

「だってじゃない」


 しゅんとなる勇太君が可愛かった。


「心配してくれてありがとね」


 たぶん拓海があまり帰ってこないことを気にしてくれてるんだよね。

 だけど、意外と平気なんて言ったら、驚かれちゃうから……。


「じゃ、ここで」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 二人と別れて、拓海の部屋に戻る。

 拓海が帰ってこない拓海の部屋で、匠くんの事を考える私は、悪い人でしょうか。



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