第15話 緑と匠④
福ちゃん、福ちゃん、福ちゃん。
無性に会いたくて、小走りで会社に戻った。
「緑さん、忘れものですか?」
「は?あ、息が切れてるから?」
「はい。急ぎの用ですか?」
「福ちゃんに会いたくなって……」
きもいって、言わないで。思っても、口に出さないで。
「なんの冗談ですか?」
「冗談じゃないよ、ホントに」
そんなに驚くことなくない?私、そんな変なこと言ってるかな。
「え……と……」
「彼女と別れてよ」
「え」
「彼女と別れて、私と付き合ってよ」
たっくんのせいだ。あんなの見たら、気持ち伝えずにいられない。
「ちょっと」
「ちょっと、なに?困る?嫌?」
福ちゃんの都合なんて、私の気持ちと関係ない。
「時間をください。ちゃんと別れてくるから」
□□□□
社長とのコラボ企画の撮影が始まった。
「福岡君、本当にいいの?」
社長はさっきから、何度も同じことを聞いてる。
「はい。顔出ししてなかったのは、会社への副業対策でしたので、もう構いません」
「うちはさ、サプライズ企画としては最高なんだけど……一度、顔出したら、いろいろあるかもよ?もう、戻れないよ?」
「問題ありません。これまでのコンテンツも、顔知られて恥ずかしい事は、やってきたつもりありません」
「そりゃそうなんだけど」
社長がこっちを見た。
「福ちゃんがいーって言ってるんだから、いーんじゃないですか?」
社長は腕を組んで、うーんと頷いた、かと思ったら、パッと顔を上げて、大声で言った。
「過去一の再生回数行くぞ!」
「それでこそ、社長じゃん!」
私は言って、福ちゃんを見た。
私の大好きな福ちゃんが、私が大嫌いな匠先生に「勝った」んだな、って気がした。
「それでは、カメラ回ります!」
タイムキーパーを務める。慣れた仕事だけど、いつも緊張する。
福ちゃんが決めた顔出し一発目の企画は「転職」だった。
匠先生は、いつだって自分事のように必要な情報を調べて、まとめて、共有してくれる。
今回は、転職サイトの広告も取れて、会社には相当な利益をもたらした。
過去にコラボをしたことが無い、30万人のフォロワーがいる人気チャンネル『教えて!匠先生』だから、それだけで充分な再生回数は見込めた。顔出しは、プラスαのナイスサプライズだ。
カメラ慣れしている社長の隣で、少しぎこちなくしゃべる福ちゃん。でも、決まってる!
社長も乗って来て、台本に無い事しゃべり出してるけど、ちゃんと付いていけてる!
撮影は3時間を越えた。
「お疲れさま」
そう言って、お茶を渡した。
「ありがとう」
さすがに、疲れて見えた。
「どうだった?」
「楽しかったよ」
嘘じゃなさそう。目が輝いてた。
「編集は勇太の会社に頼むんだって。そんなに切るとこなさそうだから、そのまんま返してくるんじゃない?」
「あの人の事だからね、ありそうだな」
一緒に笑った。
「社長が、経費で持つから、何でも好きなもん食べていいって。どこ行く?」
「そうだな、緑さんの好きなところで」
「じゃあ、行ったことないんだけど、行ってみたかったところがある」
福ちゃんの腕に絡みついた。これくらい別にいいよね。
畳の座敷で、着物の女性が食材を運んでくれる。
目の前の火をかけられた鍋に、丁寧に入れて調理をしてくれた。
「タレはポン酢とゴマダレがございます。お好みでどうぞ」
そう言い残して、行ってしまった。
「緑さんにしてはヘルシーなチョイスですね」
「そう?」
さっきまで、親しげな口調になったかな、と思った福ちゃんの言葉遣いが戻ってしまった。ざんねん。
「ステーキかな、とか思いました」
「福ちゃんの年頃だと、こういう方が胃にもたれなくていいんじゃない?」
「エイハラですよ」
「被害妄想だよ」
笑いながら、食事をする。ここのしゃぶしゃぶ、美味しい!
「今日も家に帰って来いって、連絡入ってきたりします?」
「さあ、もう来ないと思う。引っ越すんだって」
「どこにですか?」
「さあ、私もどうするか考えないといけないんだった」
ポン酢とゴマダレ、甲乙つけがたい。
「とりあえず、来週にでも荷物まとめに行こうかな」
「手伝いましょうか?」
「いいの?」
人手が要りそうなほど、荷物はないけど、一緒にいれるのラッキー。
「その後、僕も、家に帰ります」
「話しに?」
「はい」
二日後、勇太が来社した。
「あのさぁ、これじゃ、おたくに依頼した意味ないよ?」
社長がキレてる。
「だって、まじで、全部使えるんすもん。編集したら、逆にもったいないつーか」
だよね。思ってた通り過ぎてウケる。
「3時間の動画なんて、誰が最後まで見るんだよ」
「見ますよ!匠先生の初顔出しですよ?ぜってー見ます。内容もいけてたんで『気が付けば最後まで見てた』パターンですってば」
福ちゃんは、黙って二人のやり取りを見てる。なに、考えてんのかな。
「前編と、後編に分けたらどうですか?ただ、真ん中で二分割するだけですけど」
「「!!」」
社長と勇太が手を握り合った。何やってんの?おもろ。
「福ちゃん、それだよー!」
「あ、こんなんで良かったですか?」
「ドンピシャの解決策だ!福岡君、ありがとう」
バシバシ背中を叩かれてる。痛そ……かわいそ……
「じゃ、早速、作業しちゃいますんで。予定通り、明日、公開しますね」
勇太は全速力で消えていった。
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