第14話 緑と匠③
茜にダーツを教えた。
ビックリするくらいセンスが無くて、腹が痛くなるほど笑った。
「刺さりもしない……」
あーぁ、凹んでる。
初めて見る姿に、心臓を捕まれたような気になる。
「女子は物投げるのに慣れてないからな、そんなもんだよ」
「だって、あの子はできてるよ?」
隣の台の上手い女の子を羨ましそうに見ている。
「相当、やりこんでんだろ」
「相当って、どれくらい?」
「毎晩、何時間も、やる子はいるよ」
「え?そんなに?」
茜には知らない世界なんだよな。
いろいろ教えてやりたいけど、そろそろ時間だな。
「帰ろう、もう遅い」
「うん」
会計を済ませ、駅に向かう。
「家まで送っていいか?」
「駅まででいい。ありがとう」
「今度はいつ来るんだ?」
「ヒアリングは終わったから、SEのメンバーの進捗次第だけど……2、3週間はかかると思う」
しばらく会う機会すらないのか。
「分かった。今後ともよろしくな」
「こちらこそ」
「じゃ」
「またね」
鍵を開けると人感センサーで玄関に明かりが灯る。
靴は余裕たっぷりのシューズクローゼットに入れる。
スリッパを履き、掃除ロボットが稼動したであろうフローリングを歩く。
最新型のシステムキッチンにビルトインされている食洗器からマグカップと、冷蔵庫から水のペットボトルを出す。キャップを外して、小鍋に水を移し、IHで温める。
カフェインレスのハーブティーにお湯をこぼして、携帯を手に取った。
『度々、悪いんだけど、近いうちまた来て欲しい。話がある』
緑にチャットを送り、お茶を飲む。
「この家、いくらで売れっかな」
散々、客に紹介してきたが、自分の事となると案外分からないもんだ。
駅近で、フラットで広めの道路、途中に大きなスーパーがある。
裏手は公園で、閑静な住宅街の部類、3LDK……
「5千万はいくだろ」
埋め込まれたLEDのシーリングライトは調光調色で、明かりは自在だ。
ペットは飼っていないが、小型であればペット可の物件。
3年前、中古で5千万ちょっとで買った。
仕事で成績が出ていたから、ボーナスがばんばん出た。
使う時間がなくて、貯まってたから、ここは現金で即時購入した。
この辺の地価は上がってる。
「7千万に届くか?」
緑から返信があった。
『明日の夜いく』
あいつらしい、あっさりとした返事だ。
□□□□
緑はいつも黙って家に入ってくる。
「ただいまくらい言えよ」と、前に言ったことがあったが、「説教臭い、うざい、きもい」と言い返されて、それもそうかと、言わないようになった。
緑は素直でいい子だ。俺みたいに歳の離れてる男にも動じない、いつだって、誰にだって同じ態度で真っ直ぐだ。
「お弁当ありがと。ん。洗ってあるよ」
キャンプに行く用の大きなバッグを持ち帰ってくれた。
「話ってなに?」
「この家、売ることにした」
「いつ?」
「なるはやで」
「分かった」
緑は自分の主張は強いが、相手の決定事項を曲げようとかしない。
常に受け止めると言うのは、なかなか出来る事じゃないと思う。
「悪いな」
「なんで?たっくんの家だし」
「お前どうするんだ?」
「これから考える、なるはやで」
わざわざ帰って来てもらったのに、話は終わってしまった。
こんなことだろうとは、想像できていたけど。
「飯食い行くか?」
「寿司」
「おっけ」
回らないところでもいいぞって言ったのに、回るところの方がいいと言われた。
「なんで売るの?」
「金が要る」
「何買うの?」
「ダーツバー」
「ふーん」
流れてくるのをどんどん取っていく……構わないが、そんなに食えるのか?
人が頼んでたのにまで手を出そうとするから、目が離せない。
「会社辞めて、ダーツバーやんの?」
「そゆこと」
「いーじゃん」
緑が笑った。あまり見ない、満面の笑み。
「彼ピとは上手くいってるのか?」
「うん」
寿司をどんどん口に放り込んでいく。あまり話したくないのかな。うざいよな。
「この前、元カノに会ったんだ」
年甲斐もなく、恋ばななんて始めたら、きもいかな。
「偶然?」
お、乗ってきた。
「ああ、会社で偶然、仕事で」
「で?どう思った?」
「やっぱ、好きだなぁって」
しまった、これは、さすがに自分でもきもい。
「泣けるほど?」
「いじるなよ」
「可愛かったよ」
「くそ」
きもがり方はいろいろか。
「また付き合えばいーじゃん」
「相手にも都合があるだろ」
もう少しゆっくり食べろよ。なんか、こいつは、考えてるときにもぐもぐしたいタイプなんだろうな。食べてる姿が、一生懸命考えてる、ようにしか見えない。
「相手の都合って、こっちの気持ちと関係ある?」
はて。どうだろう。俺は考えるときは、ビールをグビグビするタイプらしい。
「関係……なく、ないか?」
「だよね」
もぐもぐ、グビグビ、もぐもぐ、グビグビ。
「言ってみようかな」
「なにを?」
「好きって」
「きもい」
「だよな」
二人で涙が出るほど笑った。
緑は泊まらず、会社に戻ると言う。
そもそも、そんなに荷物はないが、引っ越しの手伝いに来てくれるそうだ。
「なんか、彼ピに会いたくなったって、言ったらきもい?」
「いや、ちっともきもくない」
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