第12話 緑と匠①
マンションの前でぽつねんと立っているだけで絵になる、たっくん。
駆け寄って来て、私に両手をパンッと合わせた。
「ほんっと、悪い!」
「いーよ」
福ちゃんとの食事終わったところだし、ちょっと、たっくんのことも気になってたし。
「デリバリー、ありがと。あんまし好きじゃなかった」
「そっか」
たっくんはすごく疲れてそうだ。
「仕事、大変なの?」
「大変じゃない仕事なんてないだろ?」
「質問、間違えた……仕事、嫌なの?」
「ああ、ちょっと……辛くなってきた」
この背の高いイケメンは、時々こうして弱い部分をさらけ出してくる。
それが、私にはどうしても放っておけない。
ソファに座って、両手で顔を隠している。
こうして泣いているところを、何度か見たことがある。
そっと両腕で包む。
「泣きたいときは、泣け」
そう言って、よしよししてあげる。
「緑……おれ……」
「仕事、辞める?」
真っ赤な目をして、顔を上げた。
うわぁ。泣き顔もうつくしーのな。
「なんで分かった」
「なんとなく」
この人が自分をいじめるように仕事をしてる理由は女だ。
たっくんには忘れられない人がいる。
その女のことは見たこともないし、名前も知らないけど、とんだ馬鹿だと思う。
こんなに愛されてるのに、他の男のところに行くなんて、ほんと信じられない。
「少し寝なよ」
「ああ」と言って、たっくんは、その場でソファに横になった。
何か掛けてあげなきゃと思い、たっくんの部屋に入る。
相変わらず、何もない。
初めてここに来たのは3年くらい前、今の職場でバイトしながら高校通ってた時、親が離婚して、引っ越そうって言ってきた。高校はどうでもよかったけど、バイト場は離れたくなかったから、親にそう言ったら、じゃ、一人でやってけと追い出された。
そしてここに転がり込んだ。たっくんには好きな女がいるし……そんなことお構いなしに寄ってくる女だっていっぱいいるから、私に手を出す必要がない。ここはすこぶる安全地帯なのだ。
「女を連れ込むときは出て行くから言ってね」って言ったら、「呼ばねーよ」だって。
こんなに良いマンション住んでるから、てっきりそういう事が目的なのかと思ってたけど、ハズレた。仕事でマンション販売をしてるみたいで、「売るのが勿体ないくらいいい物件が出た」から、自分で買ったんだって。ヤバい奴。
私はその後、高校行かなくなって、バイト先で社員にしてもらった。
3年間、何も増えてない、何も減ってない部屋を見渡す。
殺風景なベッドから掛け布団を引っ張り上げた。
「なにがあったの?」
布団を掛けながら、小さな声で言ってみる。
綺麗に整った顔の、塗れた睫毛が痛々しい。
いい匂いで起きた。
実は、たっくんは料理が上手い。
昔、バイト先で教わったって言ってたけど、家では滅多にやらない。
「おはよー」
「おはよ。昨日はありがとな」
「いやぁ、いけてる男の泣き顔、いいもん見せてもらったなぁ~」
「からかってんじゃねぇ」
よかった。たっくん、笑顔だ。
「これ、食ってから行けよ」
「ありがと!今、食べる分しかない?」
「は?」
「お弁当に持って行きたい」
「ああ。あるよ」
手際よく詰めてくれる。
「二人分、お願い」
「おう。弁当箱とか無いから、キャンプ行ったときのやつに詰めるけど、洗うの大変なら捨てちゃっていーぞ」
「えー、そしたらもう作ってもらえないじゃん」
「誰と食うんだよ」
「彼ピ」
「アジッ」
たっくんが、なにか落とした。
「は?なんて?かれ、ぴ?」
「そーだよ」
「お前、そんなの居たの?」
「出来たばっか」
「よかったなー!」
「だから、お弁当、いっぱい詰めてね」
水で手を冷やしてる。火傷しちゃったの?
「なんか、たっくん、ニヤニヤしてきもいよ」
「悪かったな」
たっくんが私の幸せを応援してくれるっぽいのが嬉しかった。
リュックとは別に、アウトドア用のバッグに食べ物いっぱい持たせてくれた。
福ちゃん、驚くだろうな。
「また、しばらくあっちで寝泊まりするから、元気でね」
「ああ、体調に気を付けろよ」
「たっくんもね」
「彼ピによろしくな」
「はは。言っとくー」
たっくんちと職場は、近くて助かる。
えっさ、えっさと大きなバッグを運んでいたら、後ろから声を掛けられた。
「緑さん、僕、それ持ちます」
「あ、福ちゃん」
ひょいっと私からバッグを奪った。
頑張って運ぶところも含めて、喜ばせたかったのに。
「重っ!なに入ってるんですか?」
「愛情弁当的な……?福ちゃんは、なにしてんの?」
「どら焼き的な……?」
「なにそれー!」
私の真似してる、福ちゃん、うける。
「福ちゃん、私のいない間、一人でやれた?」
「いくつだと思ってんですか。問題ありませんよ。緑さんこそ、家の方は大丈夫だったんですか?」
「いや。なんか、辛そうで、私も見てて辛かったわ」
これじゃあ、何言ってるか分からないよな、とは思ったけど、私にだって、どう説明していいか分からない。ちゃんとまとめて、今度、話すから。今は、ごめんよ。
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