第10話 拓海と緑④
頭が割れるように痛くて、目が覚めた。
ガバッと布団を捲る。裸の茜が横たわってなくて、どれだけホッとしたことか。
ズキズキするこめかみを押さえながらキッチンへ行く。
水を一杯……
「おはよう。大丈夫?」
ビビビ、ビ、ビビった!
「おはよう。茜、昨日は、ごめん」
酒を飲んでからの記憶がない。
「飲み慣れてないもんね。そうなるよね」
すごい爽やかな笑顔だな。もしかして、婚約しちゃった?
「実は、覚えてなくて……」
こういう時は正直に謝るのが一番だ!手を体側に伸ばし、45度のお辞儀をした。
足りないか……土下座じゃなきゃだめか……茜を、チラッと見た。
目をまん丸にして、こっちを見ていた。
どういう表情?
「あ、えっと……酔っぱらった時に言った私がいけなかったよね。不本意だったら、取り消してもらっても構わないから……」
やっぱり、結婚することに……
「あっちの家を香織に譲るから、こっちに引っ越して来ていいかって話したの」
力が抜けて、しゃがみ込んだ。
そういう事か。
「嫌なら、ほんとに、他、探すから。大丈夫、ごめんね」
「いや、いーんだ、いーんだ。使ってもらって、構わないから」
コーヒーのいい香りが漂ってきた。
「コーヒー、僕にもくれないか?」
「もちろん」
茜の週末のルーティンで、今日が日曜なのだと思い出す。
「私ね」
「ん?」
茜が話し出すたびに、何を言われるのかとビクビクしてしまう。
「大きな会社のプロジェクト任されたんだ」
「よかったじゃないか!」
素直に嬉しい。
「会社変わりないか?」
「うん。新人君も先輩たちも、私の仕事引き継いで頑張ってくれてる」
「よかったな」
「拓海は?新しいとこ、慣れてきた?」
何と答えるのが最善か、なんて事を考えてる自分が嫌だ。
「やることは多いけど、雑用ばかりで、まだ大事なことを任されることはないかな。早く慣れたいし、忙しいから、これ、飲んだら戻ろうかと思うんだけど」
本当は、一刻も早くここから離れたい一心だった。
「そっか。わざわざ来てもらってごめんね」
「別に、構わないよ」
謝らなきゃならないのは僕なのに、茜に謝らせて、なにをやってるんだ自分は……
コーヒーカップを洗い、洗濯機を回してストレッチをする、茜のルーティンを眺めながら、もう僕たちは違う世界にいる気がしていた。
□□□□
出社して、まず緑さんを探す。
今すぐ会いたい。こんな僕に、うざい、キモイ、って言って欲しい。
「あの、緑さん知りませんか?」
顔は分かるけど、名前を覚えていない同僚に声を掛けた。
「ごめん、知らん」
「ども」
ホワイトボードに書かれている社長のスケジュールを確認し、使用しているスタジオへ行ってみる。
「福岡君、ちょっと」
社長に手招きをされて、小走りで行った。
「悪いんだけどさ、タイムキーパーお願いできる?緑ちゃんの見てたよね?」
「はい」
見てはいたけど、教わったわけではない。
ストップウォッチとノートを渡された。
ギリギリ読める汚い字だが、その内容は目を見張るものだった。
しっかり勉強してるんだな、緑さんの知らない一面を垣間見た。
「本番行きます!」
緑さんの不在を任されたんだ。しっかり代役を果たそうと頑張った。
撮影が無事に終わり、各々後片付けを始めた。
「あの、社長、緑さんは?」
「ああ、家に帰るって言ってたよ」
帰る家があるんじゃないか。少し裏切られた気がした。
「この後いい?匠先生の企画書できてたら見せてくれないか?」
「はい」
急いでラップトップを取って来る。
「一応の形にはなってると思いますが」
「悪いんだけど、5枚以下にまとめてくれる?出来たら見せに来て」
資料を見せた瞬間、社長は行ってしまった。
あまりこうしたダメ出しを受けたことが無かったからショックだった。
途中で買ってきたどら焼きを食べながら、資料作りを始める。
せっかく、緑さんのも買って来たのにな。老舗の有名などら焼き。
お茶を飲みながら、ぼうっとする。せっかくジュースもあるのに。
糖分が補給されたら、しゃっきりしてきた。
緑さんのノートを参考に、企画書をまとめる。
ぐちゃぐちゃなのに、よく分かる、不思議なメモだった。
緑さん、そのものだな、と思った。
率直で、言いたいことは何でも言うような人だ。
さっきまで、茜といて、僕は気が付いてしまった。
勇太と香織ちゃんの「結婚」というワードを聞いたときに、はっきりと実感した。
僕は茜との未来が想像できていない。いや、逆かな、分かり切った未来な気がして、関心が持てない。
資料がうまくまとまった。
いらない→×
いるとこだけ〇
こんな、ノートの端っこにあった走り書きからヒントを得た。
要らないところを削るんじゃなくて、必要なとこだけ改めて抜き出す。
そしたら僕のスライドは4枚に納まった。
余ってしまったもう一つのどら焼きを持って、社長の元へ。
「もう一度、企画書を見ていただけますか?」
「早いね」
社長は持っていた紙を置いて、僕のパソコンを覗き込んだ。
「よかったらこれ、どうぞ」
「あ、緑の好きなやつじゃん。きっちり手懐けてんな。ありがと、いただくよ」
そう言った。
違和感。
手懐けてるんじゃない。
手懐けられてる……よな?
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