序章:第7話
「なんで……オレなんです……?」
なにかの間違いだと思いたかった。
だいいち、現に殺されたのは
「きみがこの学校のなかで、もっとも高い霊力を持っているからだ」
「霊力?」
言葉だけなら聞いたことがある。解釈はさまざまだが、漫画や小説ではお馴染みの単語だ。
だがまさか、それを現実で耳にすることになろうとは。
そもそも、翔自身にはまったくその自覚がない。
「オレは……べつに幽霊とか、見えないけど……?」
「それは〝霊能力〟だな。霊力を消費して発揮される超能力の一種だ。霊力とは生命力──魂の強さだ」
霊力と霊能力……ずいぶん紛らわしい話だ。
「それは、たとえば生命力が強くて死ににくいとか、そういうことですか?」
「そう捉えていい。あくまで身体的な頑丈さではなく、眼に見えない力という意味でな。後天的に高めることも可能だが、きみの場合は、ほとんど先天的なものだ」
「そうなんですか。自分じゃ、全然わからないけど……」
自分では自分が本当に健康なのかどうかわからないのと同じかもしれない、と翔は漠然と思った。
「霊力が高くて、妖種に狙われてるんですか?」
翔の問いに、
隣では、
「霊力は目に見えないが、肉体のすみずみに
予想通りの返答だ──もっとも、最悪の予想だが。
「力は増し、特殊な能力も身に付けるようになる」
「ちょっと待ってください。それなら、なんでなおさら、
食った。殺した。それらの言葉を翔はギリギリで呑み込んだ。
「それが我々の盲点だった。奴は慎重にも、きみの友人で予行練習をした」
「れんしゅう……」
こんな状況で聞くにはあまりに場違いな単語に、翔は一瞬、意味を取れなかった。
「おそらく、きみの友人は彼女に気があり、彼女のほうも意識していたのだろう。やつは、その記憶と感情を利用した」
「そんな……あいつら……」
好き合っていたのか。
そうだとすれば、あまりにも残酷な話だ。
「それに、彼を喰うことでその身体に乗り換えれば、奴はさらにきみへと近づくことが出来る。二人きりになるのも容易だろう」
その顕醒の言葉は、翔の頭にはほとんど入ってこなかった。
肇と花脊……こんなことにさえならなければ……恋人同士になって……付き合って…………
それ以上は考えたくない。考えるほどに、悲しみが押し寄せてくる。
憎かった。人の心をもてあそぶ妖種が、たまらなく憎かった。
「翔……」
鸞の手が肩に置かれた。
今度は、翔はそれを振りほどこうとはしなかった。
「許せねぇ……」
「……ごめん」
「お前じゃねぇよ」
鸞の手に自分の掌を重ねた。
誰を許せないのかは、言うまでもない。
それにしても、鸞の手の、なんと硬いことか。拳も、甲も、指も、まるで石のようだ。
さっきも手を握ったが、思い出してみれば、あのときにも柔らかさや、ふくよかさというものがまったく感じられなかった。
こんな幼馴染みの手に、なぜいままで気付かなかったのだろう。
「もし……」
顕醒が言った。
「きみの怒りが我々と同じものなら、奴を討つのに協力してもらいたいのだが」
なんとなく、そう来る気がした。
「そのために、オレにここまで話してくれたんでしょう?」
「さすがに勘がいい。その直感力は、きみの霊力の発露だ。大事にするといい」
「翔のセンス、前より強くなってるんじゃない?」
「前……?」
鸞が驚いた──というより、自分の失敗に気付いたような──顔をした。
「いや……ほら、翔って前から勘鋭いじゃん! シールチョコのレア引いたり、ガチャガチャで欲しいやつ一発で出したりさ」
「ああ。そういえば……そんなこともあったっけなぁ」
いい思い出だ。そういったことに関しては運がいいと昔から感じていたが、まさかそれが霊能力のおかげとは、思いも寄らなかった。
ふと、違和感を覚えた。
それらの当たりを引いたとき、鸞は一緒だったか?
「少し、お喋りがすぎる。任務中だ」
顕醒の声が幼馴染みたちの会話と、翔の疑問を打ち切った。
「あ、はい。すみません」
「で、具体的にオレはなにをすればいいんです?」
「酷だが、この際、囮役をやってもらいたい」
「今までと、あんまり変わりませんね」
「そうだ。だが、今度は意識的にだ。当然、襲われる覚悟はしてもらう」
「……わかりました。やりますよ、大鳥なだけに」
自分の苗字に〝囮〟を掛けて冗談めかす。
そうでもしなければ、正直なところ、恐くて動けそうもない。
あの怪物に、また襲われなければならないのだ……
「でも兄さん。あいつが巣を張ったら、翔を連れ戻すのはどうするんです? さっきと同じ手が使えるでしょうか?」
巣? 連れ戻す? その言葉は翔には理解できない。
まだ、あの妖種について語られていない部分があるようだが。
「向こうもそれを警戒しているだろう。使えないと考えた方がいい。だが、その必要はない」
「じゃぁ──」
鸞に皆まで言わせず、顕醒は答えた。
「やつの巣のなかで、直接叩く」
「え、巣に入るんですか? でも、さっき兄さんだって、あいつが出た直後だったから入れたようなもので、そうでなかったら、ボクの腕一本が限界だったじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って」
たまらず翔が口を挟んだ。
「巣とか、入るとか、腕一本とか、なんとなく思い当たるんだけど、さすがに話が繫がんなくって……説明してくれませんか?」
そうでなければ、不安すぎて囮役を務められそうにない。
「その話もまだだったか」
「ごめんなさい」
鸞が顕醒に謝る。
(オレに謝ってくれないか? いや、別にいいけど)
途中で取り乱して話の腰を折ったのは自分なので、鸞を責めるわけにもいかない。
「かまわん。翔くん、きみが怪物に追われているとき、誰もいない校内を走ってきたはずだ」
まるで見てきたことのように顕醒は言う。
本当は、あの場にいたのだろうか?
「あ、はい。あれ、なんなんです?」
「あれが奴の巣──違う言い方をすれば、別世界だ」
いきなり話が大きくなった気がした。
怪物、霊力ときて、今度はSFか。
「それって異次元とか、平行世界とかですか?」
「そう捉えていい。もっとも、奴が創るのは現実世界をモデルにした
「同じ世界ってこと?」
「見た目はな。現実の光景をそっくりそのまま異空間に
「じゃぁ、オレも肇と一緒に……いつの間に……」
いくら思い出しても、まったくそんな気はしなかった。自分はただ、跳び箱のなかに隠れていただけだ。
「きみが巻き込まれたところを見ると、直接の対象のみならず、一定範囲内の人間をまとめて転移させられるようだ。きみがあの場所にいたのは、奴にとっても予想外だっただろう」
「だから翔を助けるために、兄さんが現実世界から干渉をかけてあいつの邪魔をしながら、ボクが誘導したんだ」
そうだ。あのとき聞こえてきた声は、たしかに鸞のものだった。
しかし、なぜすぐに思い出せなかったのだろう。こんなにも聞き慣れているはずなのに。
あれも、妖種の巣の影響なのだろうか?
「空き教室にまで走らせたのは、ごめん。翔をこっちへ引っ張り出すにも、ひと目があるとマズいから」
すべては、一般に認知されていない妖種という存在を隠し続けるためか。
「あいつの邪魔って、もしかして倉庫の戸が飛んだりしたアレ?」
「そう。翔が逃げてる間も、電灯や消化器ぶつけたり、ガラス割って浴びせたりしてたの、兄さん」
誇らしげに鸞は語る。
兄を自慢したいのだろう。眼が輝いている。
嫉妬よりも、翔は素直に驚いた。
正直、あの扉の一撃がなければ命はなかった。それどころか、廊下で背後に聞こえていた騒音も、すべて顕醒の起こしたものだったとは。
とうの顕醒は、今にも溜息を吐きそうな面持ちで眼を逸らし、腕を組んでいる。
自分のことを話されるのが、あまり好きではないらしい。
翔の視線に気付くと、顕醒は顔を前に戻した。
「他になにか、わからないところはあるか?」
「いえ、もう大丈夫です。どうも」
「それで兄さん。奴を巣のなかで倒すのに、入る必要がないって、どうことなんです?」
「入る必要がないとは言っていない。だが、そうとは言える」
「いや、でも……え……?」
首を傾げて鸞は考え込む。たしかに顕醒の言葉は謎めいている。
逆に翔には予感があった──この短時間で何度目かの、嫌な予感だ。
「すでに、ここは奴の巣のなかだ」
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