第1話 (2)

「いってぇ……」


 凌は赤く腫れた左頬をさすりながら、とぼとぼと帰り道を歩いていた。拓真はその隣を心配そうな面持ちで歩いている。小春はというと、二人の数メートル先をなぜか怒りながら歩いていた。


「何でりょうちゃんはいーっもそうなの!?」

「何でって言われても…」

「どうやったら毎回ビンタされることになるの!?」

「毎回じゃねぇし。この前はジュースかけられて、その前は泣かれて…」

「そういうことを言ってるんじゃない!」


 拓真は凌の耳元で、こそっと訊いた。


「今回は何て言って断ったの?」

「なんか、一目惚れしたって言われたから、俺そういうの嫌いなんでって言って断った」

「そしたらビンタされた、と」


 すると小春が急に勢いよく振り返った。その顔は憤怒の表情だった。


「そんなこと言ったの!?酷い!!」

「聞こえてたのかよっ」

「相変わらずの地獄耳」


 ボソっと拓真は呟いた。すかさず小春がキッと睨む。


「もっと人の気持ち考えろっ!」

「だって嫌じゃない!?外見だけ好きになられても、嬉しくなくない!?」

「分からないこともないけど…」

「もっと言い方っていうもんがあるでしょうが!!ほんっとにバカなんだから!!」

「なんだと!?」

「顔だけイケメン!!」

「なんだよそれぇーっ!」

「まあまあ、二人とも」


 二人の言い合いが白熱してきたため、拓真が割って入った。


「でも、面白かったよねっ」


 拓真は耐えきれずに吹き出した。


「拓真まで!?」

「だって、あんなに華奢な人から、あんな威力のビンタが炸裂するとは思わないからっ…!」

「お前は味方でいてくれよぉ〜」


 凌は半泣きで拓真にもたれかかった。


「たっくんはあたしの味方でしょ!」


 二人に詰め寄られ、拓真はたじろいだ。


「えっと…、僕は中立の立場なんで」


 拓真がそう言うと、二人は明らかに不満そうな顔をした。



 そうこうしているうちに、いつの間にか小春の家の前に着いていた。

 小春は玄関のドアを開け、


「じゃあまた明日ね、たっくん。とバカ」


と言いながら家の中へ入った。


「なんだとこのっ!」

「また明日ね〜」


 怒る凌をよそに、拓真は小春に手を振った。


「帰ろうか、バカ」

「お前までっ…!」

「慰めに、アイスでも奢ってやらんこともないけど?」

「許す」


 拓真と凌は近くのコンビニに向かって歩き出した。


 いつもの三人。いつもの放課後。いつもの帰り道。僕はこの三人の関係を壊したくない。だから小春に自分の気持ちも伝えない。

 そう、僕はただの臆病者なのだ。




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