青と雲

海 にはね

第1話

 彼が突き抜けるような青空なら、僕はそれを邪魔する雲だ。



 放課後の図書室にオレンジの光が差し込む。外からは運動部の声、校舎のどこからかはトランペットの音色が聞こえてくる。

 僕はいつも、窓の向こう側には行けない。


「あ、やばいっ」


 腕時計に目を落とした拓真は、机に広げていた勉強道具を急いで片付け、立ち上がり、図書室を出た。そして早足で昇降口へ向かった。

 グラウンドに着くと、サッカー部が丁度後片付けをしているところだった。

 拓真がフェンス越しにその様子を見ていると、一人の女子マネージャーが拓真に気がつき、手を振った。


「たっくーん!!」


 拓真の幼馴染の小春だ。

 拓真は控えめに手を振り返した。


「もうちょっとだから待っててねー!!」


 後片付けもそっちのけで、拓真に大きく手を振り続けている。

 すると、一人の男子が小春の頭を小突いた。もう一人の拓真の幼馴染の凌だ。


「おい、ちゃんとやれよ」

「うるさいなー、やってるもん!」


 それをきっかけに二人の小競り合いが始まった。

 拓真はそれを遠目に見ながら笑った。

 二人の部活が終わり、小春が拓真の元に駆けてきた。


「たっくんお待たせー!」


 小春のその姿に、拓真は密かにドキッとした。薫ってきた制汗剤の香りにときめく。

 そう僕は、小春が好きだ。

 いつからだろう。気がついたときにはもう好きになっていた。


「お疲れ様。あれ、凌は?」

「あー…、いつもの」

「いつものかぁー」

「だから先に校門行ってるって」

「そっか」


 小春と拓真は校門に向かって歩き出した。

 小春と拓真は校門前の広場にあるベンチに陣取り、紙パックのジュースを飲みながら、女子に告白されている真っ最中の凌を観察した。


「今日のお相手は?」

「三年の先輩。去年、文化祭のミスコンで2位だった人」

「あー、なんか見たことあると思った」

「たっくんって、そういうのあんまり興味ないよねー」

「うーん…」

「それにしても美人だねぇー」


 小春は不貞腐れたように言った。


「そうかな…。僕はタイプじゃないけど」

「ふーん」


 すると小春はジュースを一気に吸った。

 そしてハッとした顔をして、拓真の顔を覗き込んだ。いきなり小春の顔が近くなり、思わず少し仰け反った。


「そういえば、たっくんのタイプってどんな人なの?一回も聞いたことない気がする」


 小春の突然の問いに、拓真は飲んでいたジュースを咽せて咳き込んだ。


「そ、そうかな…」

「うん。どんな人が好みなの?」

「え、うーん……。ふわふわした人?」

「なんで疑問形?よくわかんないし」

「あはは…」


 拓真は笑って誤魔化した。小春がちょっと馬鹿で助かった。


「しっかし、りょうちゃんってほんとにモテるよね」


 小春の興味が逸れたようで、拓真は安心する。


「本当だよね。うわっ、人だかり出来だした」


 凌と先輩の周りに、告白現場の見物人が群がり始めていた。


「覚えてる?入学式の日のこと」

「覚えてるに決まってるよ…。凌が女子に囲まれて帰れなかったよね…」

「そうそう。噂が広まって、他学年からも見にくる人が来てさ」

「一緒にいた僕らまで女子に揉みくちゃにされたし」

「凌、次の日校長室に呼び出されてたね」


 小春はおかしそうにケラケラと笑った。

 そこまでモテすぎたら考えものだ。

 その日の出来事は後々、学校の伝説として語り継がれることとなる。


「あれは流石に可哀想だったなぁ」

「イケメンなのも大変だねぇ…」

「ねぇ…」


 そんなことを言っていると、向こうの凌が頭を下げた。告白をしていた先輩の顔が、みるみるうちに般若のようになっていく。


「何よっ!!」


 先輩はそう叫ぶと次の瞬間、凌にビンタを喰らわせた。




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