第1話 (3)

 コンビニの向かいにある公園で、拓真と凌はブランコに座ってアイスを齧った。小さな頃から、遊ぶのも待ち合わせも、なんか話したいときなんかも、いつもこの公園だ。


「ねぇ、凌」

「んー?」

「なんで、見た目で好きになられるのが嫌なの?見た目も好きになる要素の一つじゃない?」

「そーなんだけどさぁー…」


 アイスを齧るのを止め、凌は珍しく難しそうな顔をし、眉間に皺を寄せた。


「なーんかさ…、嫌なんだよなぁ」

「どうして?」

拓真がそう追求すると、凌はさらに難しい顔になった。


「んー…。上部だけっていうかさ、俺はちゃんと中身も含めて好きになって欲しいっていうか、なりたいっていうか……」


 すると、凌は少し恥ずかしそうに俯いた。耳が真っ赤になっている。凌が本当に恥ずかしいときは、耳が赤くなるのだ。


「そうなんだぁ〜」


 ニヤニヤしながら拓真は凌を見た。それに気がついた凌は、慌てて顔を逸らした。


「なんだよっ、こっち見んな!」


  凌はアイスの残りを一口で詰め込み、ブランコから飛び降りた。


「凌って、意外とそういうところ純粋だよね」

「意外ってなんだよ!そういうのって大事だろっ!」

「凌の口からそんな純粋な答えが出るとはなぁ」

「バカにしてんだろ、コンニャロッ」

「してないよ。本当にそう思ったから」


 良いタイミングかもしれない思い、拓真はずっと気になっていたことを訊いてみた。


「そういえばさ、凌って凄いモテるのに今まで彼女いたことないよね。なんでなの?」

「なんだよ急に」

「前から気になってたんだよ」


  凌は拓真に背を向け、渋々と小さな声で答えた。


「だ、誰でもいいって訳じゃないし…。ちゃんと相手のこと好きじゃないと、付き合っちゃいけない気がするっていうか…。てか、お前はどうなんだよ!」


 突然に来た自分のターンに、拓真は持っていたアイスを落としそうになった。


「へっ!?僕!?」

「まあ、この気持ちは、まだ恋もしたこともない奴には分かんねぇだろうけど」

「そ、そんなっ、そんなことないしっ!」


 拓真は思わず立ち上がった。


「じゃあ今、好きな人いんの?」


 言えない。好きな人は小春だなんて、絶対に言えない。


「そ、それは、その……」

「ほーらな」

「僕のことは今どうでもいいだろっ」

「あ、誤魔化した」

「そんなことない!」

「そんなことあるぅー」

「もう、うるさい!凌こそどうなんだよ、好きな人いるの!?」

「あー…、まあ、それなりに?」

「なんだよそれ」


 自分も誤魔化したじゃないか。


「まー、いいじゃん。帰ろう。腹減った」


 凌は笑いながら歩き出した。その後を拓真も追った。

 公園から二人が住むマンションは近く、子供の頃は小春も含めた三人でよく遊んだ。二人のマンションは隣同士に建っていて、二人はいつも入り口の前で別れる。

 が、いつもならすんなりと別れるはずだが今日は違った。突然凌が何かを思い出したのか、立ち止まったのだ。


「どうしたの」

「なあ、数Ⅱの課題っていつまでだっけ…」

「明日だね。まさかとは思うけど…」

「すっかり忘れてたぁー!!」

「またかよ」


 凌は昔から提出物を忘れる常習犯だ。


「もう終わった!?」

「とっくに」

「さっすが!お願いします!見せてください!」


 凌は手を合わせて、拓真に懇願した。


「自分でやれ」

「ケチッ、メガネッ」

「それならうちでやってく?」


 凌の表情が一瞬こわばった。


「やめとく。お前のかーちゃん、あんまし俺のこと好きじゃないみたいだし」


 凌はいつも通りのケロッとした笑顔で答えた。

 

「そっか…。それじゃあ頑張って」

「おうよ」


 拓真は凌と別れ、自分のマンションに入って行った。



「ただいま」


 拓真は誰に向けてでもなく呟くように言い、努めて静かに家に入りドアを閉め、すぐに自室へ向かおうとしたが、リビングの方から声をかけられた。


「拓真?」


 母だ。呼ばれてしまったものだから、行くしかない。拓真は渋々リビングに入った。


「ただいま」


 母はキッチンに立っていた。


「おかえりなさい。もうすぐしたら夕ご飯だから」

「うん」

「その前にちゃんと薬飲みなさいよ」

「うん」


 もういいだろうと思い、拓真は自室に向かおうとした。


「あ、待って、お水」


 母は慌てて拓真を呼び止め、食器棚からグラスを取り出した。


「自分でするから」


 拓真は母からグラスを取り上げ、水を注ぎ、今度こそ自室に行こうとした。


「今日、帰ってくるの遅くなかった?何してたの?」

「別に」

「別にって…、また『あの子』といたの?」

「図書室で勉強してただけだから」


 拓真は逃げるように自室に入り、すぐにドアを閉めた。向こうから母の呼ぶ声がする。


 拓真は心臓に疾患を持って生まれてきた。今まで四回の手術を受けた。小学生と中学生の間は入退院を繰り返す日々で、まともに通学できなかった。高校生になる頃に病状が落ち着き、月二回の通院と服薬の生活でよくなり、学校に行けるようになった。

 今やっと『普通の高校生』として生活できていることは、拓真にとってこの上なく幸せなことなのだ。


「邪魔しないでくれ…」







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青と雲 海 にはね @uminihane

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