冬雨とうう十九年。あるいは、春霧しゅんむ元年、水無月の頃。


 成人した神子が住まう、星空離宮。

 十七歳となった春露は、彼女の夫と暮らしていた自室で、一人軟禁状態にあった。

 父である今上天子改め、冬雨天子が崩御して数日が経つ。姉である春霧が世継せいしの座にあった為、速やかに彼女が次の天子となり、新しき世が泰平になるようにと行われる四季渡りも、間もなく終わる。終わり次第、春露は臣藉降下し、国の北にある北黒ほくこくに赴いて、そこで再婚をする予定になっていた。

 冬雨天子が崩御するまで夫だった男は、密かに姉と通じており、姉が代替わりした段階で姉の正室がいなくなったから、その後釜に入るのだ。


「お前の姉として、門出を祝うわ」


 そう言って、目の前に落とされたのが頭蓋骨。春霧はそれを気色悪いと言いながら、何度も何度も踏みつけて砕いた。


「父上はね、石女を処刑した後、この頭蓋骨を枕元に置いて、あの女の死を悼んでいたのよ。未練たらしいことこの上ない。時には夜伽の際に使っていたらしいから、気色悪くて仕方ないわ! ……でも、天下人の枕元にずっとあったものだから、何かご利益ありそうじゃない?」


 粉々になってしまった頭蓋骨。春露が凝視すれば、気色の悪い笑みを浮かべる、生前の父と目が合い、吐き気を催して俯いた。


「それか、初めての贈り物として、再婚相手に渡しなさいよ。喜ぶかもしれないわよ? だって、お前の再婚相手は……あっは! 幸せな結婚生活になるといいわね!」


 用はそれで済んだのか、高笑いしながら春霧は去っていく。まともに見送らぬまま、春露は俯き、やがて、辺りが静寂に包まれた頃、顔を上げる。

 あまり見続けないよう気を付けながら、頭蓋骨の欠片を拾い集めた。処分なんて考えられない、然るべき場所で供養すべきだ。

 ほのかに憧れを抱いていた女性の為に──これから夫となる、彼女の息子の為に。

 この決定は、春霧の嫌がらせ。きっと自分は彼女の息子に恨まれているはず。

 息子から母を奪った男の娘であり、その母を嫉妬から虐げていた女の娘でもあるから。


 幸せになんかなれるはずもない。


 分かっている、分かっているが、それでも、この頭蓋骨は渡さないといけないし、伝えなければいけない。

 朱華桜子という女は、夫と息子をとても愛していたし、何より、桜餅が好きであったと。

 息子も桜餅が好きな人であればいいのにと願いながら、春露は自分で、頭蓋骨の欠片を入れられそうな入れ物を探した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼き日の桜餅 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ