第五章 死して守る、最後の砦

 三日目、夜明けと同時にとりでの門が半ば開かれた。

 柔然の将は「崩壊か」と誤認し、総攻撃を命じる。


 だが、それはわなだった。城壁から投石が落ち、左右から弓が集中する。


 楊は門の影から現れ、再び裂邪を振るう。

 裂邪の赤い光が空を裂き、敵将の周囲を切り崩す。向かうところ敵なしとみえた、そのとき――、

 朝霧の中から、雷鳴のような軍鼓とともに、赤黒きよろいに身を包んだ男が現れた。


「我こそは、柔然の戦神・兀骨賀うっこつが。神装〈雷纓らいいん〉をまといし者なり!」


 その声に、味方の兵らがざわめいた。兀骨賀──柔然の間で「天断の鬼神」と呼ばれる伝説の将軍。五軍のうちの一つの指揮官でもある。

 その鎧は黄雷の意匠をまとい、やりを振るうたびに電光が奔る。


 金色の稲妻が地を裂き、突撃してきた北魏の騎兵隊をまとめて吹き飛ばす。裂邪で応じた楊大眼の槍も、一撃で弾かれた。


「これは……ただの武人ではない。武神の憑代か……」


 だがその刹那、兀骨賀の一撃が大眼の肩口をえぐる。返す刀で大眼は裂邪を突き込むが、雷を帯びた神装の鎧に弾かれる。


 そのとき――重瞳ちょうどうが輝いた。


 時間が裂ける。

 兀骨賀の次の攻撃、その一瞬先のの動きが脳裏に走る。


「……見える」


 その口元に、初めて苦笑が浮かぶ。


 裂邪が唸る。


 それはもはや“槍”ではない。

 戦神が振るう“運命のくい”だった。


閃鬼絶眼せんきぜつがん! 」


 重瞳と裂邪が完全に共鳴し、時間が止まったような空間で、一点を貫通する閃光せんこう突きを繰り出す。神格すら穿つ戦神の絶技。

 その一突きは、空気を焼き、雷光すら押し返す閃光だった。


 兀骨賀の眼が見開かれる。神装がきしみ、雷の鎧が砕け、鮮血がぜる。

 裂邪はそのまま、柔然将の胸を貫き、後方の地面を裂いて突き刺さる。


「この瞳こそ、戦の天命を観るためのもの……。そしてこの槍は、敗北すら穿うがつ――だ!」

 陽は、高らかに宣言する。


 静まり返る戦場に、乾いた風の音だけが響く……。


 雲間から射す光の中、大眼の甲冑かっちゅうは血と雷で黒く焼け焦げていた。

 だが、彼の背後で魏兵たちが声を上げる。


「……勝ったぞ‼ 楊将軍が破ったんだ‼」

「一騎で……破軍の将を討った‼」


 白狼塞の三日目。

 その瞬間、


 その姿に、柔然兵の中に恐怖が走った。上官の指示も聞かずに、雪崩を打って兵たちが逃走を始める。


「あの目、あの槍……まるで天帝が裁いているようだ」

 生き残った敵将も、退却を命じざるを得なかった。


 柔然軍は兵の半数以上を残しつつ、戦意を喪失して撤退。


 >一人、敵軍に在りては、常に千人を敵とす。

 一騎当千――これは三国志の英雄・関羽を評した言葉だ。だが、陽は、これを地で行ったのだ。


 とはいえ、味方の生き残りは三割弱で、負傷者多数。――援軍は、ついに来なかった。


 それでも白狼塞は守られた。


 民が戻り、楊の前に膝をついて涙を流した。


 朱蘭が近づき、ほほ笑みながら陽に言う。

「あなたは鬼じゃない。人を守る人です。それを忘れないでください」


   ◇ ◆ ◇


 夜、賀進と徐伯道の墓前。陽大眼は涙していた。

「……お前たちがいてくれたから、俺は立っていられた。……俺は、英雄……でいていいのか?」


 その問いに答えるように、風が吹き、城壁の上に重なる二つの光が浮かび、夜空に溶けていった。

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裂邪の将と五百の破軍──死して守る、最後の砦 聡明な兎 @sagacious_rabbit

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