第三章 血の初日、和解の死

 暁の鐘とともに、柔然の第一波が来た。

 太鼓と角笛がひびき、無数の蹄音つまおとが大地を揺らす。火矢が城壁を焼き、攻城梯子こうじょうばしごが次々にかけられる。


 楊は兵にあらかじめ伝えていた。

「やつらは北東の壁を弱点と見てくる。わざと隙を作れ。誘い込んで、火を放て」


 敵が殺到する中、仕掛けられた油と火薬が一斉にぜた。叫び声と煙が城壁を覆い尽くす。

 柔然の先鋒せんぽう部隊は、大きく崩壊した。


 その混乱のさなか、神槍しんそう・「」を手にした楊大眼が門を出て突撃し、魏軍の先頭に立った。

 それは、戦神が滅ぼした邪神の骨より鍛えられたと伝わる破邪の聖槍。約二・五丈の騎乗突撃やりの 槍身は黒鋼で鍛えられ、刃の中央に雷紋と蛇骨状の文様が浮かぶ。

  穂先は炎を帯びるように赤黒く輝き、槍が振るわれると「破軍星」の紋が瞬く。

  柄には金の環が連なり、衝撃で音を立て敵を威圧する。


破軍閃槍はぐんせんそう!」

 槍が雷光を帯びる。――陽は槍を高速回転させて前方をなぎ払い、前線を一撃で突破。敵は恐慌に陥った。

 それは同時に、周囲の魏兵の士気を高揚させる。


 柔然の陣形が崩れ、入り乱れる。そのとき――、

 重瞳ちょうどうが光を放ち、陽の視界に敵副官の動線が浮かんだ。


 陽は裂邪を槍架そうかに置くと、背負っていた長弓・暁雷ぎょうらいを構える。それは 紅い稲妻を放つ霊弓。射た敵は体が麻痺まひして動けなくなる。


「副将の首……距離五十歩、右から三列目……」


 暁雷から放たれた矢がうなる――。

 矢は副官の眉間を見事に貫いた。顔を血で染めた副官は即死。その体は、だらりと馬上から落下する。


「副官がやられた!」

 柔然の兵たちに、さらなる動揺が広がる。


 陽は、再び裂邪を手にすると敵軍へ突撃する。穂先が炎のごとく赤く輝き、敵陣を断つ。

 楊の姿に兵が続き、敵の第一波は潰走。


 柔然の騎兵は――、

「目を見ただけで足が止まった」と、語るほどだった。


 ――やはり、将軍についていってよかったのかもしれない……。

 賀進は、感慨をあらたにした。


 陽は、眉間を射貫かれた副官の遺体を、呪いの人形のごとく城壁にるした。

「これが貴様らの末路だ」と、柔然を警告する儀式的行為だった。


   ◇ ◆ ◇


 夜は夜で、城壁から焚火ふんかや矢を絶えず打つ。

「常に監視されている」という心理を敵に植え付けるためだ。


 とはいえ、多勢に無勢……。

 柔然軍は、豪雨のごとき矢ぶすまで牽制けんせいすると、隙を見て奇襲部隊が城壁をじ登ってくる。


 陽の暁雷で射貫かれた敵は次々と転落。下に続く者も巻き込んでいく。

 魏兵たちも焚火や矢で必死に応戦。敵をたたき落とす。だが――、

 矢ぶすまを完璧に避けることは至難のわざだ。まして、夜間で視程がごく短い。


 一人、また一人と魏兵は負傷していく。


 そして、ついに柔然の兵が城壁の上へ到達した。彼らの不倶戴天ふぐたいてんの敵は、何といっても副官の死体を無残に凌辱りょうじょくした憎き将軍・陽大眼、その人だ


 多数の敵兵が弓で陽に狙いをつけるが、暗闇に紛れて彼は気づかない。けれども――、

 賀進は、いち早くそれに気づいた。


 ――将軍が死ねば、この戦いも終わる……。

 不軌のたくらみが頭を過る……、

 その一瞬を彼は深く慚愧ざんきした。もはや、口で危険を伝えていては間に合わない――、

 気づけば、賀進は身を挺して楊をかばっていた。


 グフッ! 容赦なく無数の矢が突き刺さっていく。それでも彼は立ち続け、陽の盾となった。


 気配に気づいた陽が暁雷で敵を蹴散らす。それを待っていたかのように、賀進の体がばたりと倒れた。


「すまぬ……」

 駆け寄った楊が握ったその手は、すでに冷たかった。死してなお、賀進は立ち続けていたのだった。


 そして明け方。

 清めた賀進の遺体の前に立つ楊。その背中に朱蘭の声が届く。

「あなたの目が人を殺すだけのものなら、なぜ……泣いているのですか?

 そんなあなたを、人は“鬼”と呼んだなんて……」


 陽は沈黙を貫いた。

 その後背には、見えざる炎が渦巻いていた。

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