内なる敵

 小さき女皇は玉座から“戦場”を眺めていた。それは時に静かで、時に激しかった。君主の目前で論戦を交わし、罵り合い、野次を飛ばし合っている元老院議員達。議題が挙げられる度に彼ら彼女達は声を荒らげ、自分達の意見を主張する。  


「センド! センド!」

「イペラドール! イペラドール!」


 罵り合いの次に響くのはこの二つの言葉だ。勢いが強い勢力は多数決を意味するエルフ語──センドを叫び、押し負けている議員達は多数派の主張がいかに間違っているかを主張した後、皇帝による采配を──イペラドール。と声を張り上げる。


 多数決による決定か、それとも自身の手による決断か。どちらにしても責任は重く、危険が伴う。多数派の勢いに負け、失策を見過ごす選択をすれば国が傾き、自身の意志を貫こうとすれば憎悪と嫌悪の視線に曝され、いつしか暴君と呼ばれ議員達に殺される。


 皇帝にとって気が楽な選択はセンドだ。席から立つ必要もなく、自分の意見を述べる必要も、憎悪を向けられる心配もない。


 だが、イペラドールは違う。これを選択するには席を立ち、議員達の中央にある台まで進み、そこに置かれた議題が書かれた書状を手にする必要がある。護衛は左右に立つ二人の近衛兵のみ。孤立した状況の中で皇帝は意見を語り、議題を採択するか没にするのかを選択しなければならない。


 ──怒れる議員に取り囲まれ、短剣で滅多刺しにされたエルフの女皇リマレイラ。「やめさせて……やめさせて、何もかもあげるから……」それがリマレイラの最期の言葉だった。議員の体にしがみつきながら最期の言葉を口にし、跳ね除けられ、議員達にとどめを刺される女皇。美しきリマレイラの壮大にして悲惨な人生は物語として今に伝わっている。彼女の最期の様子は演劇の名場面であり、リマレイラ役の迫真な演技に思わず母親の手を握った事をレンディアヌは今でも覚えている。



 それでも彼女は帝国の君主。強く優しい男の娘であった。






 はっきりとした女皇の声。自分達に向けられた近衛兵の大盾。タナトスは瞬きもせず、小さき君主の様子を見つめていた。これでもう四回目だ。


 ──大したものだ。


 自らの言葉で議員達に意志を伝え、颯爽と玉座に戻っていくレンディアヌ。タナトスは心の中で女皇を賞賛した。


 それは真の賞賛であり、真の不安であった。レンディアヌの聡明さは大人に引けを取らず、その勇気は並大抵のものではない。彼女を自分達で操れると思っていたタナトスにとって、今日の出来事は衝撃であった。

 おまけに裏工作も心得ているときている。最後に女皇がイニシエへの軍事援助を提唱した時、タナトスは多くの議員が反対の声を挙げるだろうと予想していた。女皇がイペラドールを宣言して強行するにしても反対派の反発は必至だろうと。

 だが、実際にはそうはならなかった。賛成の声がホールに響き渡る中、イニシエの使者が召還され、軍事援助の必要性を訴えたのだ。反対派の声は歓声と拍手によって掻き消され、女皇は当然の如くセンドを選択した。


 気味の悪いほどに賛成を口にする議員達、用意されたイニシエの使者。最も議論を呼びそうだった事柄が呆気なく通された。裏工作なしにはあり得ない。


 女皇は議員達と真っ向からぶつかる勇気も、水面下で事を進めるしたたかさも持ち合わせている。


 ──これは父親以上に厄介だ。


 タナトスはそう感じた。


 

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