第三章 哀しみの先へ
新たな時代
人間の時代。死とは太陽が必ず沈むのと同じく必然であり、避けられないものだった。どんな屈強な戦士も、どんなに器量の良い女性も老いには勝てず、子孫達に見守られながら旅立っていく。それが自然であった。
しかし、人間の王や女王達が神の招集に応えた伝説の戦い以来、神に味方した人間とその一族はエルフと同じ不老不死の力を与えられ、今の時代まで繁栄してきた。その祝福は永遠で滞りなく全ての者に与えられる物なのか? 神学者や聖職者達が長年議論を重ねてきた話題に答えが出たのは、エルフの消失から数百年が経った頃だった。ある貴族に産まれた女が老い続け、七十歳でこの世を去ったのだ。この時から“老いの病”は世間に認識され、恐れられた。医学者達が議論を交わす一方、聖職者は神の怒りを買った不信心者はそうなると信者に説教した。
──
我々は不老不死とされているが、終末の日を迎えた者はいない。
世界の終わりが訪れてもいないのに、我々の命が永遠だとどうして言えようか?
──
哀れにも老いて死んだ者は単に我々より時の進みが早いだけ。この説を唱えた哲学者ロードスは世間から大反発を食らった。
聖職者達が正しいのか、ロードスが正しいのか、死にゆく者にとってはどうでも良い。生と死の境目をさまよう中、ドーリンが想っていたのは家族や友人の事だけ。ただそれだけだった。
小さくなっていく妻や娘の泣き声。代わりに響いてくる鐘のような音。真っ暗な視界。ドーリンの心臓が鼓動を止めた時、静寂と虚無のベールが取り払われ、輝かしい景色が目の前に広がった。
まばゆい光の先から歩いてくる一人の女性。白い衣を羽織った彼女は神話で語られているように美しかった。冥界の主サーヴェ。ドーリンが彼女に何を投げかけたのか、サーヴェか何を話したのかは分からない。だが、一つだけ分かっていることは彼は他の魂と同じようにサーヴェの手を握り、光の先へと歩いて行ったという事だ。未練など何もないかのように。
◇
帝都内の全ての善人が皇帝の崩御を嘆き、幼き皇女を憐れんだ。皇帝の亡骸を送り出そうと大勢の民衆が集まった。それは秩序無き騒乱ではなく、品位ある静かな葬送であった。ドーリンの亡骸が納められた棺は近衛軍団の兵士達によって担がれ、神殿まで運ばれる。民衆も通りを警備する兵士も、偉大なる君主が目の前を通過すると跪き、敬意と忠誠を示すのだった。
レンディアヌは神殿の階段前で父親がやってくるのを待っていた。その青い瞳は涙で赤く充血し、肩は溢れそうな悲しみで震えている。そんな彼女の側にいるのはリリアント。彼女は娘の肩に手を置き、静かに涙を流していた。
伝統的な白い一枚布を羽織った母娘はとても美しかった。
棺がやってくるとレンディアヌと彼女の母は棺に手を触れ、共に階段を登るのだった。
かねてからの遺言に従い、ドーリンの亡骸は神殿の頂上で火葬され、その灰は帝都を囲む湖に撒かれた。神殿から炎が見えると、民衆はすすり泣き、嘆いた。
葬儀の数日後、レンディアヌは闘技場にいた。闘技場の真ん中に立つ彼女の前には近衛軍団の第一大隊が整列しており、神官から冠を受ける皇女の姿を見守っていた。
帝都の闘技場の歴史は比較的新しく、パラント初代皇帝が廃墟と化していた帝都の復活を宣言した場所に建てられている。
「レンディアヌ帝万歳! レンディアヌ帝万歳!」
冠がレンディアヌの頭に載った瞬間、音楽隊のラッパと太鼓が鳴り響き、観客席を満たしていた群衆から歓声があがった。
歓声が鳴り止むと、竜を模った軍旗を持つ旗手と軍団長が隊列を離れ、レンディアヌの目の前へと歩み出る。
「近衛軍団よ!」レンディアヌの透き通った声が響いた。彼女は剣を抜き、軍団長に刃を向ける。「先帝と同じく我に尽くすか、それとも我の即位に反対するか?」
近衛軍団長は跪いた。彼が跪いた時、剣が彼に当たりそうになり、レンディアヌは少し慌てた様子で腕を下げた。彼女を纏っていた厳格な雰囲気のベールが崩れ、彼女本来の可愛らしく優しい表情が一瞬姿を現した。
「我らは陛下に忠誠を尽くします!」軍団長は叫んだ。「レンディアヌ帝万歳! レンディアヌ帝万歳!」
軍旗が高く掲げられ、兵士達は盾を剣で鳴らしながら「レンディアヌ帝万歳!」と声を上げた。
神の祝福を受け、冠を戴き、近衛軍団を味方につけた。即位の儀式は順調に進んでいた。次なる場所は元老院だ。
二頭の馬に牽引された戦車が闘技場に現れ、レンディアヌの前で停まる。レンディアヌは戦車に乗り、手綱を握った。
「ダヴ シル!」
エルフ語の号令に近衛兵らは素早く反応し、隊列を整える。目まぐるしい速さで二つの縦隊が形成され、あっという間にレンディアヌの戦車の両側面を囲った。
戦車はゆっくりと前進し、それに合わせて兵士達も前へと進む。レンディアヌ一行は観衆から拍手で送り出され、闘技場の門をくぐった。
戦車と二つの縦隊は遠征大道(宮殿から港地区へと続く大通り)をしばらく進み、凱旋通り(西門から神殿へと続く道)に出た。
神殿を通り越すと、そこに元老院はあった。建物の前には既に何百という元老院議員が待機していて、新たな皇帝の到着を待っていた。
元老院の前庭は荘厳であった。白大理石の円柱が幾重にも連なり、太陽の光を反射して柔らかな輝きを放っている。石畳の上には、長年の風雨にもかかわらず磨き上げられた跡が残り、帝国の長き栄光と歴史を物語っていた。
戦車がその門の前に止まると、群衆のざわめきがぴたりと止んだ。馬たちは鼻息を荒くしながら蹄を打ち鳴らし、周囲の空気がわずかに震える。レンディアヌは近衛軍団長の手を借りて戦車から降り、元老院へと進む。
新たな皇帝に拍手を送る元老院議員達。深紅の外套の胸元には家名と家紋が刻まれた徽章が輝いている。
「タナクス議員」
セリファノスは女帝に拍手を送りながら、隣の同僚議員に囁いた。セリファノスが肥えすぎなら、タナクスは痩せすぎている。
「新しい“飼い犬”は前の犬より扱いやすそうですかな? それとも手を噛む暴犬でしょうか?」
言葉の意味を知っているタナクスは微かな笑みを浮かべた。
「まだ分からんよ。頭を撫で、餌を与えてみるまでは何とも言えん」
元老院議長から出迎えを受ける女帝。父の友人に微笑むレンディアヌの姿をタナクスの鋭い目が見つめる。
「もし、噛みつく猛犬ならどうされる? あの犬は老いで死ぬことはありませんぞ」
「その時は殺して新しい犬を迎えるまでだ」タナクスはセリファノスの目を見た。「飼い犬になりたがっている犬がもう一匹いるではないか」
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