お忍び

 唇を噛みながら手札からカードを選ぶ男の子と、自分の番を待つ女の子。そして二人の周りに集まる子供達。バレンシアは子供達が遊んでいる様子を眺めていた。

 いつもは客で一杯なはずの店内は驚くほど静かで話好きな店主は不気味なほどに寡黙だ。酒場の出入り口の横で話し込んでいる一組の男女、カウンターのそばを陣取る男達。子供達の動きを注視しながらも、バレンシアは“役者”達の動きを観察していた。男女は固い表情で先ほど話した会話を繰り返している。口を動かしながら一人の少女の動きを凝視する男女は不気味以外の何物でもない。カウンターにいる男達は陽気な酒飲みであるはずなのに、その表情は真剣そのもので目をギラつかせている。


 近衛軍団の兵士達は皆、一度お芝居の稽古を受けたほうがいい。バレンシアは小さくため息をついた。


「……よし」


 男の子は竜のカードをテーブルに置くと、向かいの対戦相手に黒い瞳を向ける。茶色の髪に黒い瞳。彼の名前はハロルド、船乗りの息子だ。ボロボロで所々補修された赤い服は彼が平民の子である事と、イタズラっ子である事を示している。


「君の番だ。ソーラ」


 ブロンドの髪に青い瞳。女の子は微笑み、カードを選ぶ。服自体は男の子と同じテニカの花で赤く染められている安物だが、よく手入れされていて新品のようであった。不自然なくらいに。


 ドラゴンスレイヤーの騎士。

 吟遊詩人。

 魔道士。

 ゴブリン。

 兵士。


 彼女のカードはどれも綺麗で、ハロルドの様に萎れたり、折れたりしておらず、絵のデザインも最新だ。特にドラゴンスレイヤーの騎士は批判が多かった“ドラゴンを前に挑む騎士の後ろ姿”ではなく“倒れたドラゴンに剣を突き立てている騎士”に変更されている。裏面に美術ギルド(このカード類の製造権と専売権を所有している)の刻印がなければ贋作だと疑われていただろう。


 ソーラはドラゴンスレイヤーに視線を向けたが、直ぐに思い留まり、ゴブリンのカードに指を掛ける。だが、男の子が「降参するなら今だぞ」と言うと、彼女はゴブリンから手を離し、最初に選んだドラゴンスレイヤーの騎士をテーブルに置いた。


 湧き上がる歓声。ハロルドの悲鳴のような声。


「……なんだよ!」


 ドラゴンは騎士によって殺され、ハロルドの逆転勝ちの望みは潰えた。最後の切り札が無効化されたことでハロルドは持っていた手札をテーブルに叩きつけた。彼の友達らはハロルドの敗北とソーラの勝利に拍手や鏃を送った。


「凄い! 勝った!」


 女の子の手がソーラの肩に触れた時、男女は顔を強張らせ、カウンターの男達は殺気めいた。


 バレンシアは彼等を手で制止した。心配性はこれだから困る。


「あの威張りんぼうを負かした!」女の子テラはソーラの肩をつかみ、飛び跳ねた。そしてハロルドの方を指差して笑う。「威張りんぼう! 威張りんぼう! 女の子に負けてかわいそう!」


「……言ってろよ」


 ムッとした表情でテラを睨み、自分のカードをまとめるハロルド。


「言ってるわ! 威張りんぼう! 威張りんぼう!」


「こら、テラ」ハロルドが下唇を噛み始めた時、バレンシアはようやく“介入”した。「それくらいにしなさい」


「はーい」そう言った後、テラは“威張りんぼう”と声を出さずに口を動かし、ハロルドをおちょくった。


「コイツ……!」ハロルドは怒りを堪え、ソーラを見た。「……なんでそんな良いカード持ってるんだ……少しせこいんじゃないか?」


「ごめん……」ソーラは苦笑した。


「……まぁ、いいさ。さて、もう一回だ。次こそ勝つぞ」


「やめときなよ……その手持ちじゃ無理だって」


 ハロルドの後ろにいた男の子が反応した。オドオドした顔、消え入りそうな声。アルノが喋ると、周りの男の子達はイジワルそうに彼を見た。まるで獲物を見つけた狼のようだ。


「弱虫が何か言ってら」


「おい、やめろよ」ハロルドはカードをまとめながら言った。


 黙る男の子。身を小さくするアルノ。


 ハロルドはカードをまとめ終えると、ため息をついた。「やっぱり負けると思うかな?」と、アルノの方を向く。


 小さく頷くアルノ。


「それじゃ、ソーラ」ハロルドが言った。「アルノのカードを使って戦わないか? それなら公平──」


 ハロルドの視線が一瞬、彼女の顔をかすめる。陽の光が窓越しに射し込み、ソーラのブロンドの髪を淡く照らした。金糸のような髪が肩の上で揺れている。その穏やかさが、ハロルドの心をざわつかせた。


「……だから」


「いいよ──」

 

「だめ! 今度は私と勝負する番でしょう?」テラが割り込んできた。ソーラは席を立ち、テラに椅子を譲る。「ありがとう──さて、今日こそ泣かしてやるわ。ハロルド」


 素早く自分のカードを鞄から出すテラ。

 ハロルドはフッと笑ってみせた。


「泣かされるのはどっちかな?」



 二人がカード勝負をし始めた頃、酒場の入り口を一匹の猫がくぐった。白と茶色の毛並み、くっきりとした目、黒い首輪に掛けられた小さな瓶。猫は音を立てずにバレンシアの元へゆっくり進み、彼女の前で立ち止まると「ニャ」と短く鳴いた。


 バレンシアは猫の頭を撫でると、首輪に掛けられている瓶を取り外した。封を開け、瓶の中から一枚の紙を取り出し、そこに書かれている文を読む。



「この威張りんぼうが泣く様を見せてあげるわ、ソーラ」

「言ってろよ、生意気娘め」


「陛──」バレンシアは自分の頭を叩いた。「ソーラ、帰り──……帰るわよ」


 ソーラが振り向くと、バレンシアが紙を小さく掲げて片目を瞑った。遊びの時間は終わりだ。バレンシアは頷き、友達に「帰らないと」と告げる。


 テラは「ええー!」と腕を引いた。「帰っちゃうの?! まだ外は明るいわよ?」


「ごめん」ソーラは微笑んだ。「お姉ちゃんが用が出来たって。また今度遊びましょう」


「……分かった」テラは残念そうに言った。


 ハロルドは「勝ち逃げかよ」と自分のカードを切りながら言った。


 ソーラは言葉ではなく、笑みで彼に応えた。


「じゃあね、みんな」


 ソーラはバレンシアの手を握ると、友達に別れの挨拶をした。「またね」や「じゃあな」と返す女の子や男の子。控えめに手を振るアルノ。


 ハロルドが自分の手札の悪さにやっきりして周りを見た時、カウンターにいた男達も入り口の側にいた男女も既にいなかった。まるで最初からいなかったみたいに。

 






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