種
最も静かで、最も人目の少ない場所――宮殿の庭園でサーヴィアはレンディアヌと過ごしていた。庭の奥で自分を見張る者たちの視線に気がつかないふりをしながら。
レンディアヌはサーヴィアの隣で、小さな花輪を作っていた。腕に通せるほどの花輪だ。サーヴィアが作り方を口頭で教えただけで、皇女はいとも簡単に綺麗な花輪を作りつつあった。
「そういえば」
サーヴィアが優しく口を開くと、レンディアヌは無垢な瞳をサーヴィアに向ける。
「あなたのお父様は元気かしら? 様子を見ようと思ったんだけれども、中々会えなくて」
「……お父様は」レンディアヌは顔を下に向け、白い足を小さく揺らす。「余り元気がありません。最近は特に」
「あら……」
心配そうな表情。けれど、その目にはかすかに影が差していた。
「……わたし、怖くなるんです。お父様が、どんどん遠くに行ってしまうみたいで」
レンディアヌの手がきゅっと胸元で重なった。その指先は白く、少し震えていた。
「不安でしょうね」サーヴィアの声が、ひどく穏やかに響いた。「けれど、あなたのせいではないわ、レンディアヌ」
「……でも、わたしに何かできたらって、ずっと思っていて。そのために魔法も……」
「魔法?」
「治療魔術です。私には魔法力があるみたいで、少しずつスリンデルさんに教えてもらってるんです。お父様を治せるように」
可愛らしい幻想ね。サーヴィアは鼻で笑う代わりに穏やかな笑みを浮かべた。「お兄様は幸せ者だわ。こんなに父親想いの娘を持てたんだもの」
「まだまだ治せるほどには上達してませんけど」
レンディアヌは少し頬を赤らめ、うつむいて微笑んだ。だがサーヴィアの目は、その笑みに応えることはなかった。
「みんな皇帝であるお父様の健康を願ってるわ……あなたのお母様も同じだといいのだけれどね」
「叔母様……?」レンディアヌは眉をわずかにしかめる。
「あ、ああ、ごめんなさい」サーヴィアは笑顔を作る。「何でもないわ。今のは忘れて」
「……はい」
戸惑った表情で微かに微笑む皇女。
小さな頭の中に疑念の種を植えつけた。サーヴィアは心で笑った。今はただ蒔くだけでいい。種が成長するのを願いながら。
しばらくすると、侍女が庭でやってきた。あからさまに声をかけるわけでもなく、ただサーヴィアと視線を交わす。二人の間の緊張に、レンディアヌは察することすらない。
「皇女様。リリアント様がお呼びです。昨日の給仕人が到着しました」
レンディアヌははっとして立ち上がった。
「ああ、すぐ行かないと……彼女を持たせるわけには行かないわ」と、立ち上がると、彼女はサーヴィアを見た。
「叔母様。今日は、ありがとうございました。叔母様と話せて嬉しかったです。また夕食で会いましょう」
そう言って小走りに去っていく少女の背中を、サーヴィアは眺めた。ふわりと揺れる髪、踊るように動く足。兄とあの女の娘はすっかり自分を信用している。
「サーヴィア様。お部屋にお連れします」侍女が言った。
「いいわ。自分で行ける。もう少しここにいても構わないでしょ?」
頭を下げる侍女。彼女はサーヴィアの顔を一目見たあと、中庭から出ていった。
レンディアヌが作っていた花輪を手に取るサーヴィア。
「……無垢すぎるわね。あれでは、皇帝に相応しくないわ」
ぽつりと呟いたその言葉は、そよ風にもさらわれないほど小さな声だった。「相応しくない……」レンディアヌの花輪は彼女の手によって握りつぶされた。
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