第25話 神託の真実
玉座の間での対面を終えた宵は、そのまま王宮の中心に位置する神殿へと向かった。
嘗て神子の不在により閉ざされていたその場所は、宵が灯を灯したことで、微かな光と清らかな香を取り戻し始めていたが、まだ人の気配は希薄だった。
冷たい石の床を踏みしめ、奥へと進む。
祈りの間へと続く回廊は、ひっそりと静まり返っていた。
その突き当たり祭壇の前に、一人の老いた巫女が立っていた。
――
宵の育ての親であり、白羽の巫女の長。
彼女は老いを増しながらも、その背筋はまっすぐに伸び、白い法衣を纏った姿は、変わらぬ清らかさを湛えていた。
宵の姿を認めると千歳はゆっくりと振り向き、
その瞳を宵に合わせた。その眼差しは、深く、しかし温かい光を宿していた。
「宵、よく戻りましたね……この神殿に、再び貴女の祈りの光が灯るのを感じましたよ」
その声は、かつて白羽山で聞いた、優しく、しかし厳かな響きそのものだった。
宵は、思わず膝をつきそうになるのを堪え、ただ千歳の瞳を見つめ返した。
「千歳様!私……」
言葉が詰まる。王太子との対面では冷静を保てたはずなのに、千歳を前にすると、胸の奥が熱くなるのを感じた。
それは、長年抱えていた孤独と、見捨てられた悲しみが、一気に溢れ出しそうになる感情だった。
「貴女が、この神殿に再び光を灯したのですね。その祈りの力、確かに感じられました。以前よりも、ずっと強く、澄んだ光です」
千歳は、宵の前に歩み寄ると、その手をそっと宵の頬に添える。
その掌は、温かく、そして優しかった。
「神託とは、ただの『指針』に過ぎないのですよ、宵」
千歳のその言葉は、宵の頭の中で、雷鳴のように響いた。
神子として生まれ、神託を絶対として受け入れてきた宵にとって、それは価値観の根底を揺るがす、あまりにも衝撃的な言葉。
神の言葉は、絶対的な命令であり、それに従うことが神子の務めだと、ずっと教えられてきたのだから。
「指針、ですか?ですが、私は……ずっと、神託に従うことだけが、私の役目だと……そう教えられてきました。それに、神託は、絶対のものでは?」
宵の声は、微かに震えていた。
長年信じてきたものが、目の前で覆されるような衝撃だった。
「ええ。確かに、神託は神の御心を示すもの……それは真実です。しかし、それは決して、人の意志を縛る鎖ではないのです。神が与えるのは、道を示す光、その光をどう受け止め、どう歩むかは、受け手の意思次第なのです。貴女が、その光をどう使うか、神は常に貴女自身の選択を待っているのですよ」
千歳の言葉は、静かに、しかし確かな響きで宵の心に染み渡った。
彼女の瞳は、宵の心の奥底を見透かすかのように、深く、温かかった。
「貴女が王宮で祈った事、そして白羽山で感じた孤独も、決して無駄ではありませんでした。その祈りは、貴女の魂を磨き、真の力を呼び覚ました。ですが、祈りとは、ただ従うことではなく、『願う事』なのですよ、宵。貴女自身の心から、真に願うこと。誰かのため、そして何よりも、貴女自身の心のために」
その言葉は、宵にとって、長年彼女を縛り続けてきた『縛り』から『自由』への導きそのものだった。
王宮での冷遇も、白羽山での見捨てられた経験も、全ては神託に従うという『義務』から来ていた。
しかし、その義務が、実は彼女自身の意志によって解き放たれるものだったのだと、今、千歳の言葉によって知らされた。
「……私の……意志で……」
宵は、震える声で呟く。
その言葉を口にするたび、心の奥底から、温かい光が湧き上がるのを感じた。
(神が与えた道ではなく、私が選ぶ道を……)
宵の瞳に、新たな光が宿る。
それは、過去の全てを受け入れ、そして自らの意志で未来を切り開くという、確かな決意の光だった。
彼女は、千歳の温かい手をそっと握り返す。
その掌には、もう迷いはない。
彼女の心は、今、真の解放を迎えていた。
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