第2話 怒りの勇者カレン

 ――翌日――


「ルクサス、お帰りなさい!」

「キャー! なんていい男!」

「まあ、立派になって……」

「ルクサス! ルクサス! 村一番の男っぷり!」


 百人を超える村人たちが、武者修行を終えて凱旋した若き英雄を迎えていた。歓声が空を裂き、広場はまるで祭りのように沸き立つ。


 その群衆の中でもひときわ華やかに、一番高価で大切なワンピースドレスを着たカレンがいた。黒髪をハーフアップにまとめ、三つ編みのパーツに小さな白薔薇の髪飾りを揺らしながら、彼女は胸を高鳴らせてルクサスを見つめていた。


「みなさん、お出迎え、本当にありがとうございます! いやあ、二年ぶりの故郷は……変わらず温かくて、最高だ! それと――みんなに、最高の報告があります!」

 ルクサスは良く通る力強い声で、村人たちに高らかに宣言した。

 

 カレンの頬が、ぱっと桜色に染まった。両手でそっと頬を押さえ、心臓が激しく鳴り始める。


(やっぱり……そうよね! ルクサスは、私にプロポーズするつもりなんだわ! だって、ずっと昔から一緒に遊んでたじゃない。熱い眼差しで私を見てくれてたし、誕生日には素敵なアクセサリーやドレスを贈ってくれたもの。二年間、王都で音信不通だったのも……きっと、私のことばかり考えてたら修行に集中できないからだよね? もう、ルクサスったら! こんな大勢の前でサプライズ告白だなんて……最高にロマンチック! それに、顔……本当にカッコよくなった。二年前よりずっと逞しくて、男らしくて……あああ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!!)


「みなさん、ご紹介します! 私の妻、ミランディアと今年生まれたばかりの息子のラタルです!!」


(え……?)


 ルクサスの後ろに控えていた、赤ん坊を抱えた女性がおずおずと出てきてルクサスの隣にならんだ。頭にスカーフを巻いていて、美人ではないが愛らしい顔をした二十歳くらいの女性だった。赤ん坊を抱く姿は幸せそうでまるで聖母の絵画のよう。


 村人たちから祝福の歓声が上がり、ルクサス親子の周りを大勢が囲んだ。だれもが満面の笑みを浮かべている。


「おおおおお!! おめでとう、ルクサス!!」

「結婚してたのかよ! 手が早すぎるだろ!!」

「赤ちゃん、めちゃくちゃ可愛いわ! お父さん似ね!」

「ははは、手が早いってのは余計だよ! でも、大切な人を他の奴に取られたくなかったからな! みんな、祝福ありがとな!!」


「もう、あなたったら……」


 ミランディアは顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに微笑む。ルクサスは豪快に笑い、赤ん坊は母の腕の中で無邪気にキャッキャと手を振った。若き家族の周りを、村人たちが笑顔で取り囲む。



(はああ!?)

 人の輪の外でカレンは心の中で絶叫した。


(何これ!? 嘘! 嘘でしょ!? なんであんな貧相で地味な女が、私のルクサスにくっついてるのよ!? 赤ん坊!? 冗談じゃない! 絶対に嘘よ! ルクサスは騙されてるの! そうよ、あの女が他の男と作った子を、ルクサスの子だって押し付けてるに決まってる! 汚い! 最低! あんな下賤な女に、私の大切なルクサスを渡すわけにはいかない――!!)


 根拠など、どこにもなかった。ただの妄想。ただの嫉妬。カレンの黒い瞳が、燃えるような赤に染まっていく。


 しかし、嫉妬に歪んだ顔を見られたくなかったカレンは、きびすを返し、そっと自分の家に戻った。裕福な二階建ての木の家の中は、父母も商売に出かけ、使用人も外の仕事に出ているのでだれも居ない。


(悔しい! 悔しい! 生まれたときからずっと一緒だったあたしのほうがルクサスのこと一番良く知ってるのに。あの女……目にもの見せて――ううん、そんなんじゃ足りない。この世からいなくなればいいのに。何かいい方法は……そうだわ、誰にも知られずに底なし沼に沈めればいいわ。バレなければいいのよ。当然の報いなんだから。あの女が悪い。あたしのルクサスを汚した罰よ!)


 カレンは心の中で怒りをどす黒い炎に変えながら、冷静に――完璧な計画を立て始めた。

 今までだって、嫌いな子の大切なお人形を沼に沈めたりしたって誰にもバレてないんだもの。今回だって絶対大丈夫。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ヴァレンダールは、カレンの殺意の波動を感じた。聖剣と勇者は魂の一部で繋がっているのだ。


 カレンの魂にどす黒い色の気が纏わり始めたのを感じて、ぎりり、と唇をかみしめる。

 まさか、勇者として覚醒する前になんの罪もない母子を本気で殺めようとするとは、ヴァレンダールの予想を超えていた。


(この、黒い炎のような殺意の強さでは、たとえ親が止めても、ルクサス本人が否定しても届くことはないだろう。ルクサスはカレンを「妹」として見ていただけだ。結婚の約束をしたこともない。カレンの一方的な恋心は、恐ろしい執着に変わった。だめだ、こんな人間を勇者にしてはいけない……) 


 魂がここまで黒く染まってはもうカレンは勇者ではない、強大な力を持つ犯罪者だ。勇者となって偉業を達成する前に堕落した危険人物だ。


(……三人目もこうなるのか。神よ、やはり私は失敗作ではないか? もはや覚悟せねばなるまい。これ以上勇者を殺すのは嫌だ。私自身もカレンとともに底なし沼に沈もう。カレンは死ぬが私は不老不死。暗い沼の底で永遠に眠れば二度と私のための勇者は生れない。それが私にできるせめてもの神への償いだ)


 創造神に問いかけたところで返事はない。神は概念的存在であり、創造物と会話をするような存在ではないのだ。


 ヴァレンダールは右手を胸に置き、楡の木の根元で片膝を付き、深く頭を下げた。


「楡の木よ……わが唯一の友よ。長い間、宿をありがとう。私はこれで……去る」


 その声に答え、楡の木は大きく枝を揺らした。はらはらと落ちる葉が、まるで「逝くな」と懇願するようにヴァレンダールの体に絡みつく。だが彼は、静かに首を振り――振り返ることなく、丘を下っていった。

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