二度目の人生、自由に生きます!

@September_Meteor

第1話


 日の光もまともに当たらない、質素な部屋で1人の少女が静かに息を紡いでいた。

 髪はボサボサで薄汚れ、もう何日も洗っていないようだった。

 ふいに部屋の扉が開き、一人の侍女が入ってくる。

 彼女は何も言わず、少女の目の前にスープを出した。

 具も入っておらず、侍女がついているような屋敷で出されるものとは思えないそれを、少女はゆっくりと口に運び、嚥下する。

 直後、喉が焼けるように熱くなった。

 だんだんと息が苦しくなり、視界が歪んでゆく。

 少女は床に倒れこんだ。

 呼吸をしようと必死になりながらもがき苦しむ少女を、少女の義母と、先ほどスープを持ってきた、義母の専属侍女が冷たい息を吐きながら静かに眺めている。

 少女は血を吐き、やがて動かなくなる。

 ゆっくりと閉じてゆく少女の目に映ったのは、うっすらと笑みを浮かべている義母だった。


 少女が完全に息を引き取っているのを確認し、義母と侍女は部屋を後にする。

 その時、死にゆく少女の首にかけられたアメジストのペンダントが静かに光を放ったことに、2人は気づかなかった。


 ————————————


 朝陽の差し込む部屋、ネグリジェに身を包んだ少女が目を覚ます。腰くらいまで伸びたゆるいウェーブの銀髪は少し青みがかっていて、太陽の光をうけて淡くきらめいている。

 窓際には花瓶に花が生けられており、落ち着いているがきらびやかな、綺麗にまとまった雰囲気の広い部屋は、暖かい空気が満ちている。

 「ここは……?」

 

 「私は一体……」

 私がそう呟くと同時に、肩ほどまでの黒髪の、見覚えのある顔が視界に入る。

 「ヴィオレッタ……!」

 彼女は私に小さいころからずっと仕えていてくれている大切な侍女だ。

 「お嬢様……?急にどうされました?」

 その瞬間、ヴィオレッタが驚いたような顔で私を見つめてきた。

 「随分と汗をかいていらっしゃるようですが……。何か悪い夢でも?」

 「え?あぁ……」

 言われて初めて気が付いた。今この瞬間にも額から嫌な汗が滴っている。

 「湯浴みのご用意をいたしましょうか?」

 「え、えぇ。お願い。」

 ヴィオレッタはすぐに準備に取り掛かってくれた。

 「ねぇヴィオレッタ、今日って何年の何月何日?」

 

 「はぁ……」

 久しぶりのお風呂に思わずため息をついた。

 驚いたことに、今日は私が死んだ日の1年前らしい。

 あの出来事が夢なわけがない。むしろ今起きていることが夢ではないかと疑ってしまう。

 けれど確実に、私は死んだ。

 おそらく、あの時の義母の反応から察するに、彼女が犯人なのだろう。

 スープに毒でも盛られていたに違いない。

 まぁ、見るからに怪しいスープを躊躇なく飲んだ私も悪いのだが、なにせ数日間ろくな食事をとれていなかったのだ。仕方のないことだと思おう。

 なんにせよ、今私は生きている。どうしてなのかはわからないが、時間が巻き戻った、ということだろうか。

 ただ、そんな魔法や魔道具の類は聞いたことがない。おとぎ話の中の世界のようなものだと思っていた。

 一体どうして私は戻ってくることができたのだろうか……。

 私は2回目のため息をついて、お風呂場を後にした。


 「お嬢様、お食事でございます。体調が悪いようなので、 念の為、お部屋でお召し上がりください。ほかにも何かございましたら、部屋の外におりますので、お申し付けください。」

 今日のメニューは、おかゆとカットされた果物。ヴィオレッタが私の体調を気遣ってくれたのだろう。おかげで何日も食べていない私には好都合な、喉に通りやすい食事となっている。

 一口、おかゆを飲み込む。

 「おいしい……」

 食事とは、こんなにもあたたかく、重みのあるものだっただろうか。一週目の人生では、そんな風に感じたことはなかった。

 思わず涙がこぼれた。

 「今度はもっともっと、大切に生きなくちゃ。」

 今日が私が死ぬ日の一年前ならば、おそらく今の時期は父が再婚し、義母とその娘がやってくる頃だろう。

 私はその義母にひどい虐待を受け、最終的には、殺されることになる。

 

 私、アスセナ・クレシエンテはソラリス王国、クレシエンテ公爵家の長女として、母のイリス・クラシエンテ、父のダトゥラ・クレシエンテから生まれた。

 この公爵家はもともと、ティエラ公爵家という名前だった。

 母は一人娘だったため、クレシエンテ伯爵家の父と結婚し、名を変え、父が当主のクレシエンテ公爵家となった。

 しかし母は、私が11の時に流行病で他界した。今からおよそ5年前くらいになるだろうか。

 それによって、ティエラ公爵家の正統な血を引いているのは、私だけになってしまった。

 今思えば、父ははじめからこの公爵家を乗っ取るつもりだったのかもしれない。

 だからなのか、父は私に全く関心がなかった。

 母が生きている間も、最低限の会話のみでほとんど口はきかなかったし、母が亡くなってからはそれがより顕著に表れるようになった気がする。

 食事の時間以外で父と会うことはほとんどなかった。避けられているようにも感じていた。会った時にも、視線はいつも冷たく、ため息もよく吐いていた。

 父は私のことが邪魔だったに違いない。

 私は寂しさからか、いつしか外に出ることを拒み、臆病で引っ込み思案な性格になってしまった。

 一番大きく変わったのは、父が再婚し、義母、ベラドンナ・クラシエンテとその娘、オルテンシアを連れてきてからだった。

 派手なドレスを着た化粧の濃い義母と、可愛らしい見た目をした義妹だ。

 うちの屋敷に来た義母は、気弱で反撃のできない私が、憂さ晴らしの道具にちょうどいいと考えたのか、すぐに私をいじめ始めた。

 はじめの頃は、私の食事だけ味が濃い、薄いなど、人に言っても取り合ってもらえないようなものだった。

 そのうち、大事にしていた服やアクセサリーがいつのまにか汚れていたり、無くなっていたりということが増えた。

 私の専属侍女であるヴィオレッタが解雇されてからはもっとひどくなった。

 彼女は、義母のネックレスを盗んだ疑いをかけられ、潔白を証明できなかったのだ。

 義母は、私の父からの贈り物だった、大切なネックレスがなくなったと騒ぎ立てた。そのネックレスがヴィオレッタの持ち物から見つかったことで、彼女が犯人だと断定された。

 すべて義母の自作自演なのだろうが、あの時の私はどうすることもできなかった。

 それを皮切りに、私の味方をした侍女や執事はどんどんと追い出されていき、ついに私の周りに人はいなくなった。

 その後は、殴る、蹴るなどの直接的な暴力も始まり、だんだんとエスカレートしていった。

 ある時には髪の毛を無理やりひっぱられたり、服で見えない場所に切り傷をつけられたり。またある時は、部屋に監禁され、何日も食事を与えられなかったり。

 パーティーなどの公衆の面前で、義母のドレスに飲み物をこぼしたなどと自演自作で騒がれ、恥をかかされたこともあった。

 そのうち、義母が私のことを病弱だと偽り、部屋から出さなくなった。

 父はやはり無関心で、義母に加担することはなかったが、止めようともしなかった。

 オルテンシアは、そもそも気が付いてすらいなかったようで、本気で私が病気なのだと信じていた。

 それからも虐待は行われ、けがや空腹、喉の渇きでいつも生と死の間を彷徨うような日々が続いた。

 何をしても無抵抗な私に面白みを感じなくなったのか、はたまたオルテンシアの縁談に私の存在が邪魔になったのか。とうとう義母は私を殺した。

 そんなことがあって、今に至る。


 「ヴィオレッタ、ご飯を食べ終わったのだけれど、食器を下げてくれるかしら。」

 「承知いたしました。失礼します。」

 ヴィオレッタが部屋に入り、片づけを始めた。

 彼女は手際よく、丁寧に、私が使った食器とテーブルを綺麗にしていく。

 そんな、懐かしい光景とそのありがたみに笑みがこぼれた。

 「ねぇ、ヴィオレッタ。すこし外の空気が吸いたいわ。散歩にでも行きましょう。」

 「お体は大丈夫なんですか?あまり無理をしないほうが……」

 「いいの!一緒に来て、ヴィオレッタ。」

 彼女は何かを考えたあと、はぁ……と息を吐いた。

 「少しだけですよ。」

 「ほんと?ありがとう。大好き!」

 

 一体いつぶりの庭だろうか。一度目の人生の時は義母が来て以来、ここに来ることはなくなったからか、なんだかとても久しぶりな気がする。

 そんなことを考えながら外の空気を存分に吸い込み、鼻に抜ける緑の香りに浸っていた。

 ここには、うちの屋敷専属の庭師がいつも手入れしてくれている草花や樹木が綺麗に並んでいる。

 大きい庭の中央には、バラのつたが巻き付いている幻想的なドームがあり、たまにここでお茶を飲むこともあった。

 「いつ見ても美しい場所ね……」

 今は、丁度この季節が見ごろの、バラやディルフィニウムの花が咲き誇っている。

 一週目の人生の時もよく母やヴィオレッタと見に来ていた。

 母は自然をこよなく愛していたため、庭に来るときはいつも笑顔だった。

 そんなこともあってか、私もここが大好きだった。

 「カーネーションも今が見ごろかしら。どうせならお母様にお花をプレゼントしたいわ。」

 私はヴィオレッタと一緒に、庭師に花を貰いに行った。

 「お嬢様……!おはようございます。いかがなさいましたか?」

 庭師のセドロが言う。

 彼はかなり長くここに勤めており、この庭のほぼすべての管理を一人で行っている。

 白い髭と、まがった腰からわかるように、そこそこ年をとっている。

 そのため、彼は義母たちが来る前に退職していった。

 「お母様にカーネーションを贈りたいの。いい花はあるかしら。」

 「ほう。カーネーションですか。それでしたら……」

 そう言って彼は、白いカーネーションが咲いている花壇まで案内してくれた。

 「お墓にお供えするのであれば、白色が良いですかな。”亡き母を偲ぶ”という意味があるらしいですから。”私の愛情は生きている”という花言葉もありますぞ。」

 彼はにこっと笑い、そのうちの1輪を繊細に摘み、渡してくれた。

 「……ありがとう。セドロ。」

 その花は、凛と咲いていて、見ているだけで勇気が出るような、そんな雰囲気を持っていた。

 「有難いお言葉です。私の庭は、人を幸せにするためにあるのです。お嬢様がそう言ってくださると、これまでやってきた甲斐がありますよ。」

 「幸せ……」

 ほっほ、と笑ったあと、彼は仕事に戻っていった。

 

 先ほどセドロに貰ったカーネーションと、ヴィオレッタに用意してもらった掃除道具を持って、安らかに眠っているであろう母のお墓の前に立つ。

 静かに風が通り抜ける。

 ここに来るのも随分と久しぶりだ。

 私はヴィオレッタが掃除している横で母の顔を思い出す。物静かでいつもにこやかだったが、賢く、芯の通っている女性だった。

 私もあんな風に生きたら幸せを掴めるだろうか。

 そう考えているうちに、ヴィオレッタが私に話しかける。

 「お嬢様、掃除が完了いたしました。お嬢様のご期待に添えず、申し訳ございませんでした。」

 「いいの。無理を言ったのは私だし、気にしないで。綺麗にしてくれてありがとう。」

 本当は私が母のお墓を綺麗にしたかったのだが、さすがにヴィオレッタに止められた。

 私は綺麗になったお墓に、カーネーションをそっと置いた。


 屋敷に戻ると、使用人たちは晩御飯の支度を始めていた。思っていたよりも長い散歩になってしまったようだ。

 いつも通り冷たい父と、重く沈んだ空気の中で食事をする。

 部屋には食器の音だけが、沈黙をなぞるように続いていた。

 食事を終えた父は、視線すら交わさず食堂を後にした。相変わらずの態度だが、食事がとれているだけありがたい。

 私も食事を終え、部屋に戻った。

 ネグリジェを着て、ベッドに座る。

 丁度ヴィオレッタがやってきて、洗濯を終えた服をクローゼットに仕舞ってくれる。

 「ヴィオレッタ、今日一日、付き合ってくれてありがとう。とても、楽しかった。」

 「こちらこそ、お嬢様の幸せそうなお顔を見られて、うれしかったです。」

 「おやすみ、ヴィオレッタ。」

 「はい。おやすみなさいませ。」

 ヴィオレッタは少し微笑み、部屋の電気を消して出ていった。

 私はベッドに寝転がり、一度目の人生を思い出す。

 このままいけば、また同じ人生を歩むことになってしまう。

 義母に虐げられ、大事な人とも離ればなれで、花を愛でることすらできない、そんな人生。

 私は、ヴィオレッタとともに過ごす時間や、その大切さを、今日はっきり思い知らされた。

 あたりまえの日常がこんなにも幸せで、かけがえのないものなのだと。心からそう思った。

 またあの苦しい日々に戻ることは何としてでも避けたい。そのためにできることはなんでもする。

 まずはヴィオレッタが解雇されてしまうのを阻止しなければ。

 今日は色々なことがあったから疲れてしまったのか、まぶたが段々と重くなる。

 今度の人生は、大切な人を守って、生き延びて、自由に生きてやる。そう決意し、私は眠りについた。

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