四 伝承

 けっきょく、それがBを見た最後となってしまった……翌日、彼もまた行方不明になったのである。


 そして、Aと同じくそれより三日後、Bも無惨な遺体として発見された。


 今度の場所は竹藪の中。〝モズの速贄はやにえ〟のカエルの如く竹に串刺しになった状態で、無数のカラスに突かれているところを見つかったらしい。


 やはり、空高くから放り出されると、ちょうどそうなるような状況である……。


 もちろん…というのも変な言い方だが、A同様に身体は膨れあがり、皮膚は鱗状、手足は骨がなくグニャグニャの、到底普通にはありえないような姿の遺体だ。


 またしても警察の捜査・司法解剖で何もわからなかったのは言うまでもない。


 だが、村人達は違っていた……部外者の知らない〝何か〟を知る村人達には思い至る節があったようだ。


 そして、彼らの疑念の矛先は、生前、A、Bと仲良くしていた俺へと向けられた。ここ最近、妙に他所々〃しい態度でいたという情報も、きっとその耳に入っていたのだろう。


 自分の両親・祖父母をはじめ、A、Bの親、さらに村長など村の有力者までが俺を取り囲み、集団で俺を厳しく問い詰める……しかも、「おまえ達、六連宮で何をした?」と、すでに六連宮との関係まで勘づいている。


 警察の聴取にも似た大人達の詰問に抗いきれず、俺はすべてをありのままに白状した。


「おまえ達! なんてことをしてくれたんだ! このバカたれが!」


 俺の口から事実を聞かされると、そう言って男親達は激しく俺を罵りあげ、女親達はおいおいと隠すこともなく嗚咽して泣く……だが、俺ももうじきA、Bと同じようになるんだ。最早、何を言われ、何を聞かされようと心は動かない。


「今さら言っても始まらん……とりあえず、庄屋さんとこ行こう。もしかしたら助かるすべを何か知ってるかもしれない」


 ひとしきり俺を罵倒した後、さすがの親達も怒り疲れる頃合いを見計い、不意に村長がそんなことを言い出した。


 〝庄屋さん〟というのは、昔、この村の庄屋を代々勤めていた旧家の愛称で、おそらくはそこのご隠居のことを言っているのだろう。いうなれば〝村の長老〟的な人物だ。


 まあ、確かにこの村一の旧家の当主ならば、六連宮のことについて何か秘密の伝承を持っていたりするかもしれない……。


「ああ、そうだな。庄屋さんに相談してみよう……」


 他の大人達もその意見に賛同し、俺はその庄屋さんの家へ連れて行かれることになった──。




「──なるほどの。それはまた命知らずなことをしでかしたものじゃ」


 立派な純和風作りのお屋敷で対面したご隠居さんは、小柄でほっそりとした好々爺のような印象を受ける反面、なんだか不思議と威厳を感じさせるお爺さんだった。


「やたらと六連宮に近づいてはならず、御神体を目にすることが禁じられているのも、まさにこうした事態を避けるためなんじゃ」


 その柔和な面持ちをした白鬚の老人は、穏やかな中にも威圧感のある声で滔々と語る。


「御神体が何かまではわしも知らんがな。六連宮に祀られているのは名前が示す通り、〝昴〟にまつわる神だと伝承にいわれておる。〝すばる〟とは古い言葉で〝統べる〟の意。即ち、この宇宙を統べる神ということだ」


 宇宙を統べる神……〝昴〟に関係しているという俺の推測は当たっていたが、まさかそんな唯一神のような神さまだったとは……だとすると、神道とも仏教や陰陽道などの外来のものとも違う、まったく別系統の古い神なのかもしれない……。


「何十年か前、強引にお宮の境内を掘り返した、なんとかいう偉い大学の先生がおったんじゃが、その後、なぜか突然気が狂うと大学の建物から飛び降りて死んだと聞いておる……それだけ触れると恐ろしい神さまなんじゃ」


 穏やかな声色で、さらに俺を絶望のどん底へ突き落とすかのようなことを好々爺がさらっと言う……そうか。あの古代の祭祀跡を見つけたという先生も、そんな悲惨な最期を迎えていたのか……。


「じゃが、おまえさんの場合、どういうわけか前の二人と違って記憶を失っておる。こうしていまだに無事でおるのも、何かそれが関係しているのかもしれんの」


 しかし、続くご隠居の言葉は、そんな俺にわずかながらも希望を与えてくれる。


 確かに、理由はわからないが俺だけ〝御神体〟の記憶をすっかり失っている……そこだけはAとBと明らかに違う点だ。そうした差異があるのならば、ひょっとして異なる結末になるということも……。


「とはいえ、いつ二人の二の舞になるとも限らん。遺体の状況から考えるに、あるいはおまえさん達の身体を自分の器に……いや、せっかく憶えておらんのだから、これ以上はやめておこう」


 淡い期待を抱く俺に、今度は逆にその期待を消し去るようなことを言いかけたご隠居だったが、なぜかその言葉を途中で遮ってしまう。


「ま、ともかくも、何もせんというのもなんじゃからな。効果があるかはわからんが一つ〝御守り〟をおまえさんにやろう」


 そして、そういうと一旦、席を立ち、どこからか古めかしい革の小袋を持ってきた。


 それを開けると、中には小さな宝石のようなものが入っている。縞瑪瑙オニキスだろうか? 同心円状に黄色と黒の縞模様が並ぶ美しい石だ。


「これは〝印〟と呼ばれる石での。六連宮の神の敬虔な信徒、眷属を示すものといわれておる。これをペンダントにでもして肌身離さず持っているがよい。それで災いが避けられるかどうかはわからんが、まあ、何もないよりはマシじゃろうて」


「あ、ありがとうございます!」


 俺は藁にもすがるような心持ちでそれを受け取ると、ご隠居に礼を言って大邸宅を後にした──。




 その後、言いつけ通り〝印〟のペンダントを身につけるようにしたことが功を奏したのか? 幸運にも俺がAやBみたいになることはなく、今でも無事になんとか過ごしている。


 高校進学とともに村を出て、六連宮はもちろん、村へもなるべく近づかないようにしているので、そのことももしかしたら影響しているのかもしれない。


 だが、俺だけ助かったのは、本当にそれだけが理由なのだろうか?


 その理由をあれからいろいろと考えてみたが、一応、自分なりにたどり着いた答えというものはある……それは、俺だけ三人の中では多少なりと、あの厨子の中のものに敬意を払っていたから許されたのではないか? というものだ。


 それで俺だけ記憶を消して、二人よりも影響を少なくしてくれたのかもしれない。


 ……いや、本当にそうなのか? そもそも俺は本当に許されているのだろうか?


 なんとか死を免れてはいるものの、今もUFOのような発光物体を見るのは日常茶飯事だし、いつも宇宙そらから誰かに見張られているような、そんな視線を常に感じている。


 それに最近、ふと脱衣場で鏡を見ていたら、二の腕の裏に鱗のようなアザができているのを見つけた。


〝あれの…あれの分身にされる……〟


〝あるいはおまえさん達の身体を自分の器に……〟


 Bが譫言のように呟いたことや、ご隠居の言いかけたその言葉が脳裏に蘇る。


 もしかしたら、俺達が厨子の中に見たものというのは、AやBの変貌した姿に似ていたんじゃないだろうか?


 そんな神の似姿へと変容する途中、二人はその変化に堪えることができずに……いや、すべては根拠のないただの推測だ。


 だが、俺が亡き友人達と同じ運命をたどる日も、さほど遠いものではないのかもしれない……。


 俺は今でも〝印〟の石を胸に抱き、日々、その時が訪れるのを恐れて暮らしている。


(星のおまつり 了)


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星のおまつり 平中なごん @HiranakaNagon

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