第20話 ひだまり

 言われたばかりで、まだ生暖かい“優しい”という言葉を反芻する。

 先生や友達、家族にもよく言われていた言葉だ。この世界に来てからも、僕に対するその言葉はよく耳にする。

 だが、1度たりとも実感したことは無い。

 理由は簡単だ。僕は誰かの為に自分を犠牲にしきることが出来ない。

 そうなりかけても、いつも中途半端。いちばん迷惑な優しさを僕は振りまいている。

 だから、僕は優しくなんてない。

「考え過ぎるぐらいなら、なんにも考えなかったらどう?」

「うーん……。この歳で、それはちょっと……」

 高校生と言っても、成人は18歳だ。この世界での成人は20歳だが、僕にとってはすぐそこに大人になる未来が見えている。

 この頃になると、先生もだんだん僕達を大人として見るようになっていた。

 法律上、子どもである限りは子どもとして扱って欲しいというのが本心だ。

 だが、それは甘えだと教えられてきた。僕もそれを間違っているとは思わない。

 故に、僕は常に1人の人間として考えて行動しなくてはいけないのだ。

 まぁ、当然、10歳の子には伝わりずらいことだろう。ターチがどんなに賢くても、精神年齢は実年齢と大差ないはずだ。

「禿げるよ」

「……え?」

 思考の中に突然放り込まれた、その言葉を理解するのに少し時間がかかってしまった。

「ストレスは禿げる原因だってミールがよく言ってる」

「……ふふっ、あはは!そうだね。ははっ、その通りだね」

 笑おうと思って笑った訳ではない。ただ、いつの間にか笑ってしまっていたのだ。

 僕は少し、深く考え過ぎていたのかもしれない。問に対する答えなんて、シンプルで良いのだ。

 禿げる。あぁ、そうだ。もう考えるのは一旦やめにしよう。何せ、禿げてしまうからね。

 考えることなんていつだってできる。故に、わざわざ今考える必要は無いのだ。

「やっほー!みんな〜!」

 ナグリの弾けるような声が上から降ってきた。

 真っ直ぐ上に登っいる彼女の姿が、太陽と重なっていて眩しい。

 そういえば、ナグリの様子を見ながら木を登らせなければいけなかったなと思い出す。

 結果的に無事に上まで登れたが、落ちていたら対応出来ていなかっただろう。

 僕の不用心さも何とかしなくてはいけないと感じた。

 ふと、僕は思った。

 案外僕は何も考えていないのかもしれないと。

 と言うより、遠くの事ばかり考えて、目の前の問題にちゃんと向き合えていない気がする。

 そんな自分に嫌気がさすが、それさえ今はあまり気にならない。

「ナグリ!気を付けて降りてね」

「あははっ。うん!」

「よく登るよ……」

 ナグリが軽快に下りてくる。心配は杞憂のようだ。

 ナグリが木から下りる様は、花びらが地上へと舞い落ちるようだ。

「よっ、と……。ねぇ、けい君。次はブランコ一緒に乗ろう!」

「ふふっ、元気だね良いよ。ターチは?」

「ナグリに着いてくよ」

 そういえば、見た目より話し方が幼い人がいた気がする。もしかしたらそれは、日本語に慣れていない人達だったのかもしれない。

 シャロンやテルミドールは流暢に話しているが、よく考えたら母国語じゃない言語をあそこまで綺麗に話せるなんて、本当にすごい。

 僕にはできない芸当だ。


「僕が2人の背中をおしてあげようか?」

「ううん、けい君も一緒にこいで遊ぶんだよ!」

 ブランコをこぐなんて何年ぶりだろうか。

 小学校高学年生では既に、人に譲るばかりで自分は乗らなくなっていた。

 それを苦痛とも思っていなかったから、ブランコという存在を忘れていた時期もあったかもしれない。

「わたしの友達にね、ジャンプして下りる子がいるんだ〜。かっこいいよね」

「危ないだけでしょ」

「みんな通る道だよね」

 頬を風が優しく撫で、豊かな自然をバックに、

孤児院と空がかわるがわる目に入る。

「……2人はどうやって仲良くなったの?」

 ぽっと自然に口から漏れたその疑問に対して、2人が目を合わせている。

「ん〜、気づいてたら仲良かったんだよ。ね、ターチ!」

「同い年はわたしたちだけだからね」

 えへへ、と笑いあっている2人を見ると、心が温かくなる。

 性格の違う2人は、孤児院で出会わなければ仲良くなることは無かったかもしれない。

 孤児であることを悲観するか、楽観するかは本人次第だ。

 楽観しようとしても悲観してしまったり、悲観しようとしても楽観してしまう人は多くいるだろう。

 一体2人はどうなのか。望んだ感情で動けているのだろうか。

 僕自身が望んだ気持ちで動くことができないから、余計に心配になってしまう。

 どんなに笑っていても、真意は分からない。僕の笑顔だってそうだ。

 所詮他人には、自分の気持ちなんて分かるわけないんだ。

 分かってたまるものか。僕が積み上げてきた感情を、他人ごときに……。

「ねぇ、けい君」

「……何?」

 急に声をかけられ、びっくりしてしまった。

 そして、僕はいつの間にかブランコを漕ぐのをやめていたことに気づいた。いつからだろう。

「けい君のお友達はどんな人?「 」

「僕の?そうだな……」

 何人かの顔は思い浮かぶが、いざどんな人かと言われると言葉が出ない。

 面白い、優しい……。あまりにも抽象的すぎる。顔の特徴は……、言っても意味が無い。

「僕のわがままに流されてくれる人、かな?」

「えー!けい君わがまま言うの?」

「言うよ。僕はわがままな人間だからね」

 昔、今よりずっと前に親から言われたことだが、おそらく今も変わっていないだろう。

 そう易々と人の特性は変わる訳ではない。僕からだと分からないが、きっと僕はわがままな人間に見られているはずだ。

「それは……、違う気がするけど……」

 ターチが訝しみながら僕を見て言う。

 いつの間にか、2人もブランコを漕ぐのをやめていて、ブランコはただの椅子と化していた。

「もっといい方に自分を考えたら?」

 ターチは呆れた顔で言う。

「いい方……。僕のいい所って何かな?」

「はい!優しいところ!」

「周りをよく見てるとことか?」

 どこかで聞いたことのあるような褒め言葉ばかりだ。まるで常套句のように使われ、言われるほど飽き飽きしていた。

 それでも、2人の純粋さから出るその言葉は、それほど不快じゃない。

「椿様、そろそろよろしいですか?」

 声のする方を見ると、シャロンが孤児院の入口ら辺で僕に声をかけていた。

 そろそろ昼食にしないか、ということだろう。言われてみればお腹も空いてきた。

「そうだね。ナグリ、ターチ、ご飯食べよっか」

「うん!」

 僕は、シャロンが振り向きざまに果てしないほど優しく微笑む姿を見た。


 食堂に入る手前、僕はローナを誘っていないことに気がついた。

 もう既に居たら良いな、と思いながら中に入る。

「あ、ローナ」

 扉の近くでローナはおぼんを持ち、ご飯を物色していたからすぐに見つけることが出来た。

「やぁ、遅かったね。遊んでたの?」

「うん。何食べるの?」

「ナツーラン。知らないでしょ。おやつ感覚でも食べれる、ほんのり酸味の聞いた食べ物だよ」

 そう言いながら、ローナは僕の分のおぼんとお皿を取り、ナツーランと思われるものをのせてくれた。

 それは丸い見た目をしていて、くるみのようにも見える。

「殻ごと食べる人と、剥いて食べる人がいるんだ。俺は殻ごと食べる派。どっちも試してみて」

 食事を一通り取り、早速ナツーランを食べてみることにした。

 皮を剥くと、ぷにぷにした乳白色の実が出てきた。

 それを、一口でぱくりと食べる。

 ローナの言った通り酸味があるが、嫌な感じではなく、ちゃんと美味しい。

「おいしい?」

「おいしい……」

「じゃ、次は俺のオススメ、皮ごとどうぞ」

 恐る恐る皮ごと一口で食べる。

 すると、クッキーサンドのような食感が伝わり、ほんのりとした甘さが口に広がった。

「皮が、甘い?」

「正解。スッキリした甘さでしょ」

 確かに、酸味といい感じに混ざり、透き通るような甘さが口いっぱいに広がる。

「僕、皮ごと派かも」

「やった」

 ローナは、甘酸っぱい笑みを見せ、小さくガッツポーズをする。

 そんな子供らしい姿を見ると、革命を謀るローナの姿が薄れてしまう。

 実に不思議な感覚だ。まるで夢を見ているような……。

 ローナのあの告白も嘘だったかのように思えてしまうのは、まるで魔法だ。



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お読み下さりありがとうございます!

次回は、11月9日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

神幹の試験には、歴代救世主の心情理解も含まれています。一体誰が、どの立場で人の心情を語っているのでしょうか。

 

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