第21話 心

――夜


 今日は気分転換に外に出てみた。ベッドの上で思考するのも良いが、やはり外の空気を吸っている方が頭が冴える。

 僕はブランコに腰掛け、月を望む。

「やぁ、少年。夜にひたってどうしたのかな?」

 聞きなれた声だ。だが、いつもと話し方の雰囲気を変えている。ナンパのつもりだろうか。

「やぁ、ローナ。今日はいい夜だと思ってさ」

 僕もローナと同じように演劇口調で話す。

 何が面白いのだか、僕とローナはふっ、と笑みがこぼれてしまった。

「ちょうど良かった。君と話したいことがあってね……」

「何?」

 そんなこと尋ねなくても、本当はわかっている。これは、僕の無駄な時間稼ぎという悪あがきだ。

「例の計画、もう大丈夫そうなんだ。引き継ぎも上手くやれた」

「そう……」

 ローナが僕の隣のブランコに腰掛け、軽くゆらゆらとする。

「言いたいことは……、大体わかるよね」

「いつ、どこまでローナのことを明かそうか?」

「明日、全部」

「破壊は?」

「早い方がいいんじゃない?まぁ、俺も死にたいわけじゃないけどさ……」

 まるで業務連絡のように淡々とした会話。無機質で、感情も想いも無い。

 ローナの“死にたいわけじゃない”という言葉も、ロボットにそう話すよう打ち込まれた言葉のように思える。

 礼儀として、ただ僕にその言葉を伝え、安心してもらうためだけの言葉……。

 そんなふうに聞こえるのだ。

「ローナは、いつ覚悟ができる?」

「物心ついた時には覚悟できてたよ。だから、君に合わせる」

 その言葉は本当なの?ローナ。

 そんな疑問も、答えが分かりきっているせいで聞くことができない。

 死にたくないならそう言えば良い。他のみんなだって、痛いことが嫌なら言えば良かったんだ。この、僕に……。

 それで、すぐに何かが解決する訳でもない。

 でも、それでも、本心が知りたかった。

 ローナが僕の顔を覗き込む。何も言わず、ただ不思議そうに眉を下げている。

「ローナ……」

「ん?」

 空虚に発した言葉のはずだが、返答が返ってきたことに少し驚く。

 何を言うべきだろう。励ましも、哀れみも、何を言おうとゴミ同然だろう。

 そんな中、少しでもマシなゴミになれる言葉とは、何だろうか。

「……死んだら僕に取り憑いてね。そしたら、僕が元の世界に帰った時、案内できるから」

「……」

 ローナは少し口を開けたまま固まっている。

 驚いているのか、僕の更なる言葉を待っているのか……。

 彼の考えることは、本当に何一つ分からない。

「この世界よりも、マシなゴミを見せてあげる」

 ローナが少し口をゆるめたと思ったら、下を向いてしまった。

 すると、彼は1回大きく呼吸をし、僕の方に向き直った。

 彼の目の中には確かに僕がいた。そう、この、他の誰でもない、僕を見つめる瞳が、僕の目と鼻の先にあるのだ。

 僕の瞳がふわりと揺れる。

「君がいるなら、僕の目に映る世界はゴミじゃなくなるよ」

 僕は、掴みどころのない優しさをもつローナが好きだ。

 でも、ローナをそんな風にしたのは教祖という立場に産まれた環境のせいが大きい。

 教祖じゃないローナは今のローナじゃない、つまり、僕が好いているローナではない。そもそも出会うことも無かったかもしれない。

 でも、多分、ローナが教祖じゃなくても僕の気持ちは変わらないだろう。

 違う性格、表情を見せるローナでも、彼が彼として産まれ、生きる限り、僕のローナへの気持ちは変わらないのだ。

「ローナ、ひとつ聞きたいことがあるんだ」

「何でもどうぞ?」

「どうして、僕とこんなに親しくしてくれるの?」

「会った時にも言ったけど、君は君が思っている以上に有名なんだよ。だから、俺は君をよく知ってた。有名人が会いに来てくれた感覚で、はしゃいじゃったんじゃないかな?」

 想像通りの回答だ。

 マークもなく、救世主でもない人間からすれば、僕たちの会話は異常だろう。

 でも、僕らからすればこれが普通なのだ。

 教祖と救世主。どちらも信仰される側だ。

「ふふっ、嘘つけ」

「どうでしょうかね」

「……明日、言うね。破壊は、シャロン側の準備が整い次第、かな?」

「うん、わかった」

 そこまで言って、ローナはブランコをより強く漕ぎ出した。

 そして、勢いよく飛んだ。

 こけることなく、綺麗な着地する様はまるで、天使が地に降り立つかのようだった。

「じゃ、おやすみ。また明日」

「おやすみ」

 明日があっても、明後日は無いかもしれない。

 僕はそんなことを思いながら、たった4文字の言葉を噛み締めるように言った。

 まだまだ夜は浅い。普段は眠れない時間だ。

 でも、今日はもう、眠りたい……。


――朝


「おや、おはようございます。椿様。今日はお早いですね」

 おそらく寝起きのテルミドールが焦って寝癖を直しながら話しかけてきた。

 2人を呼ぼうと廊下に出ていたところだ。ちょうどいい。

「おはよう、テルミドール。話したいことがあってさ。シャロンも呼んでくれる?」

「わかりました……」

 何かを察したのだろうか。テルミドールはスっと真面目な顔になり、返事をした。


「話とはなんでしょうか?」

 僕らはシャロンの部屋に集まり、僕の話を聞こうと、2人が耳を傾けてる。

 僕がこれから何を喋るか、2人は察しているのだろうと確信する。

 理由は無い。ただ、何となく、ずっと一緒にいるからそう思ったのだ。

「教祖はローナだったよ。マークは心臓にある」

 何も言葉を伏せることなく、淡々と告げる。

 2人の表情は依然変わらない。


 しばらくの沈黙。


 2人は何を考えているのだろう。ローナの担当を僕にしたことへの罪悪感を噛み締めているのか……。

 だが、僕は思う。たとえ担当がローナでなかったとしても、きっと僕はローナと友達として出会っていた。

 自然と引き寄せられるような、そんな感じが僕らの関係にはするのだ。

「……そうですか」

 シャロンはそこで一旦言葉を区切る。その表情に感情は見られない。

 テルミドールは下を向いたままだから表情がわからない。

「では、破壊なのですが、最速で明日になると思います。日を延長することは可能ですが、どうされますか?」

「明日でいいよ」

 人の命を狩る準備が一日で出来てしまうことへの落胆でぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 それに、この言い方でおそらく、2人は完全に理解しただろう。僕が前から、ローナが教祖だとわかっていたことを。

「わかりました。では、私はすぐに準備をしてまいります。……なるべく、穏便に」

 そう言うと、シャロンは足早に部屋を出て行った。

 一日では人々に十分な情報を伝えきれないように思える。

 だが、無駄な憶測を考えさせる時間を作らない、というメリットも考えられるだろう。

 時間は人々を利口にさせる。それ故の1日でもあるのかもしれない。

「……椿様、嫌なことは嫌でいいんですよ」

 そういきなり呟いたテルミドールの方を見ると、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。

 そんな姿に僕がぎょっとしていると、彼はさらに言葉を続ける。

「少なくとも私とシャロンは、あなたの苦しみを否定することはありません」

 その言葉に体がピクリと反応する。

 あぁ、僕の憶測は合っていたのだ。

 やはり、多くの人々は救世主ぼくらの辛さなど全くわかっていないのだ。どうでもいいのだ。

 そのことをテルミドールも理解している。それはつまり、そういうことなのだ。

「……そうだね。苦しいよ。でもさ、破壊される側の方がもっと辛いし、弱音吐いて、使命を全うしなかったらもっと被害が出る。この世界にできた大切な人も、無くなってしまうかもしれない」

 これが救世主に求められる理想の返答だろう。

 だが、先代はこの質問に何と返すだろうか。

 彼がどのように破壊しない道を選んだのかも分からない。もしかしたら、発狂してしまったのかもしれない。

 僕だって、少しでも気を抜いたら今すぐにでも発狂してしまいそうだ。それをつなぎ止めているのは、“使命”という体のいい言葉。

 ――呪いだ。

「そうですか。ですがせめて、私の言ったこの言葉は決して忘れないでください……」

「もちろん」

 笑っているのか、泣いているのかよく分からない表情でテルミドールは言った。

 そして、僕は彼を安心させるように、自然な笑顔を作って答える。

 僕は思う。

 “心”の怖いところは、崩れる音がしないところだと。

 気づいた時には、既に形骸化しているところだと。



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お読み下さりありがとうございます!

次回は11月16日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

この世界の法律はまだ抜け穴が目立っています。こちらが立てばあちらが立たず状態を繰り返しているのですね。

 


 

 



 

 

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